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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第5章 駆け引き



湯に体を漬ければ疲れが溶けていくようで、真葛は緊張も一緒に流れていくような心地を感じていた。
九郎太とは大体を行動を共にするものの、こと仕事に関しては別行動が基本である。
まず二人が共にいれば悪目立ちは免れず、色仕掛けで情報操作を行う真葛が男と共にいては話にならない。

営業接客お手の物とはいえ、籠の鳥が大空で飛び回るのは大変な気苦労であった。
それもすべて以前は持たなかった恋した主人の為に役に立ちたいという大義名分がまた背にのしかかる。――心の支えでもあったが。

それが、こうして、この敷地にはその支えである者がいる、というだけで気が緩む。
怖いものなど何もないのだ、そう――水戸の黄門様を殺す事であっても何も、

しかし真葛にとって入浴とは闖入者というのが付き物であった。
遊女のころであれば客が、今も色仕掛けに屋敷に入り込めばまずへらへらと混浴を強いてくる。そんなものをあしらうのは日常茶飯事。
それが、それがどうしたことか、本当に好いた男にはまるで見向きもされない。これでも日々売り込み誘惑している。嫌われてはいない事ぐらい、共に旅をする事となった経緯でも共にいる時の言動からも、それはそれは大事にされている自覚はある。

だが色恋となってしまえば暖簾に腕押しまるで手ごたえがない。
真葛は女を売ってきた自負がある。逆に言えばそれしかないのだ。頭脳や仕事の手さばきを褒められようとどこか不安が残ってしまう、そんな女であった。

混浴を強いてくる男の他に、のぞき窓を作ってくる者もいたがまぁ、そっちの方も期待はできない。それが九郎太が紳士的な人間なのではなく、興味をもたれていないのだ。

真葛は湯から上がると着物を着て―…今日という時の為に懐にしまった秘密兵器にしては頼りないそれをぎゅっと握りしめた。

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