忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第3章 恋煩い
「い、いやそれは旦那、その、す、すいやせん」
真葛からすごすごと離れると、乱れた着物が実に無様である。そのまま土下座に移行していく藤吉、その様子を見ながら真葛はやっとはぁ、二人は知り合いであったか、などと思うのだ。
「解ったなら早く発て」
「は、は?」
そう言われて、藤吉は目を丸くする。引き抜いた刀は自分を一刀両断するものだとばかり思っていたのだ。
「なんだ。まだ何かあるのか」
「い、いや、その、旦那は何を…」
「お前のやらかした不始末の尻ぬぐいだ。まだ何かあるのか」
「い、いえ」
その刀の切っ先は自分ではなく、自分が抱いていた花魁に向けられていると気づいた藤吉は、彼女を憐れむでもなく、ただただ助かったと言いたそうな顔をして、窓から逃げるように飛び出してしまう。ああ、やっぱり性根の腐った小悪党だ。真葛は心の中で笑う。
「九郎太さま」
着物を簡単に直して向き直れば、目を閉じて、まるで首を差し出すように顎を上げた。
九郎太はそれを刀引き抜いたまま見下ろしていたが、やがてその刀を真葛の肩に乗せた。
「……何を笑っている」
怪訝に声を上げれば、真葛は目を閉じたまま、緩んだ口元を隠さずにしていた。
「――いえ、恋など、このような地獄でする事叶わないと思っておりましたが。」
「藤吉に恋でもしたか」
「いいえ、まさか、違いますよ九郎太様、
恋をして、もう会えぬと思っておりました殿方が、
こうしてまた姿を見ることが叶って、
その方にこうして地獄の幕切れをしていただけるなんて
私の人生はなんとも滑稽な喜劇のように思えたのです」
そう気丈に演じて見せた女は笑ってこそいるが、目尻には涙が滲んでいた。死への恐怖か、失恋の痛みか。
そんなもの欠片も察することの出来ない九郎太であったが、その彼女の大立ち回り事態は気に入った。
まあ、そもそも藤吉を先にいかせる芝居ではあったのだが。
その刀を鞘に戻すと、真葛の目の前に座って目を合わせた。