第35章 きらめき雨もよう
やや強気に言い放ち、彼女の腕を引く。そうまですればさすがの叶さんも、頭上に差し掛かる傘に反旗を翻すことは敵わないのだけど。
柄を握り締めて僕の方へと押しやろうと力を入れ、抵抗を止めない。
「…本当に、何してるんですか?」
「だって…いいって言ってるのに。」
「いや、意味がわからないんですけど…」
「…なんか私ずるいなぁって。フェアじゃない。」
「…?」
ふぇあ?…フェア?
「叶さん?」
「私の負けだし…何よりお饅頭食べちゃったし。」
「え?」
「だから傘は宗次郎使いなよ。」
「…面倒な人ですね。」
こちらをようやく見返した彼女。僕は微笑みかけながら、くしゃっと頭を撫でた。
「!」
「じゃあ、勝手にしてください。」
目を見開いた叶さん。歩き出していく僕をまっすぐ見つめる。
叶さんも僕も冷たい雨を浴びながら、着物に出来た染みを広げながら──畳まれて置かれた傘が叶さんの足下でかたん、と鳴った。
「…えっ、傘使わないの?なんで?」
「ええ?それ聞きます?」
「使いなよ。」
「叶さんと同じく、僕も勝手にします。」
我ながら無茶苦茶な理論だと思うのだけれど。理屈の通じない叶さんに理屈で返すのは無意味だと知っているから。
…それはさておき、まあ、これでいいんじゃないかな。今はそういう気分ということで。
雨の止まない空。けれど僅かに切れた雲の隙間から光が差す。
なんとなく、なんとなくなのだけれど、以前どこか──遠い昔に見たのだと思う、真っ暗で、重くのし掛かるような空の下で雷雨が響いていた光景を思い出した。
「──宗次郎。」
叶さんの声がふいに聞こえた。
「?はい。」
「…ん。」
振り向くと、意地っぱりな彼女が傘をこちらへと差し掛けていた。
…張り詰めた詰まらない体裁を取り払い、素直になることに少し気恥ずかしそうにしながら、こちらを見つめた。
「一緒に入ろ?」
「…」
揃って髪と肌に雫を次々と落とし纏わせながら。雨の匂いに包まれ、惨めに濡れた互いを見つめ合いながら、僕達は顔を綻ばせていた。