第10章 ほろ苦さと幸福感
宗次郎の声に振り向くと。
四乃森さんが部屋を後に立ち去るところだった。
「あ…」
「…叶さん、どうしたんですか。行ってしまいますよ?」
「あ、う、うん…!」
準備は出来てたつもりだったけど、つい出鼻をくじかれると身も蓋もなかった。
そうしている間にも、四乃森さんはこちらには気付かずそのまま回廊に向かっていく。
「じれったいなぁ。呼び止めてきますから待っててください。」
「う、ううん!大丈夫っ…」
思わず出た言葉に宗次郎はこちらを振り返った。
「お…追いかけて渡してきます…!」
ぎゅっと恋文を持つ手を握りしめる。
様子を見てた宗次郎は溜め息を漏らし告げた。
「また弱腰にならないでくださいよ?」
「が、頑張る…!」
張り切ってますね…お手紙ぐちゃぐちゃになりそうだなぁ。あ、気付いたみたい。慌てて持ち直してる。
「い、行ってきます。」
「…失敗したら奢るって話ですけど。」
「?」
「“成功したら”に変えておきますね。」
「!恩に着ますっ。」
恥ずかしげだけど満面の笑みがこちらを向く。励ましてくれてありがとう、なんて言って彼女は駆け出した。
そんな彼女を見送った後には、仕方ないなぁという言葉が出て来た。
…うん、仕方ない。なんだかそういうすっきりした気持ちになってしまった。
というわけだから。そう、何のお菓子にしようかな。
…唐辛子入りなんてどうかなぁ。
ほろ苦さと幸福感
(あの笑顔はなんだか、ずるいなぁ。まあ、もういいや。)