第2章 冨岡に陶酔した継子|冨岡
紅葉もすっかり落ちた晩秋には、日も傾き始めると、あっという間に辺りに影を落としていった。縁側に座っていた冨岡様が、ゆっくりと腰を上げると、それにあわせてぬうっと影が伸びる。細く長く動く影はまるで生き物のようで、部屋の奥にいる私まで届きそうだった。
夜が来るたびに、別れを告げずには、いられないのです。仕えることができて幸せでしたと。私の眼があなた様のお姿を映せるのはこれが最期になるかもしれませんと。
道具の手入れはとうに終わり、並べていたものたちを一つ一つ慎重に鞘に収めていった。青く輝く日輪刀を眺め鞘に納める。この両手にかかる、ずしりとした重み。これは、私の命、そしてあの方の命を守るための重さ。
冨岡様。
冨岡様が命を落とした時は、私はあなた様の亡骸に身を重ねて、共に逝こうとするでしょうに。
冨岡様は私が消えてしまっても何事もなかったようにふるまうのでしょう?
自問自答しておいておかしなことだけれど、ちくりと心が痛んだ。そんな感情の機微さえも、あの方のために生まれたのであれば、愛おしいと思い直し、この気持ちを忘れぬよう、味わうようにゆっくりと瞼を閉じる。
「準備はできたか。」
冨岡様は、音もなくすぐそばにいらっしゃった。それはひんやりとした夜の空気が近づいてくるようであり、冨岡様には昼間より夜の方が、特に明るい満月が合っていると思った。
「冨岡様、お待ちください。」
近くの村落で待機し任務地には、夕刻には入る予定であった。目的地はすぐではあるがもうすぐ黄昏時も過ぎようとしていた。冨岡さまはいつものように何も言わず、私に背を向け歩き出すので、手早く荷物をまとめて追いかける。
冨岡様、今日も、我らであの者たちの首をとりましょう。
強い西日だった。それがみるみるうちに沈み、光と影と境界が曖昧になる。姿が闇に溶けていく。既に小さくなり始めた背中に向け、声には出さず語りかけた。
「お待ちください、冨岡様。」
今度はしっかりと声に出し、いつもしているように少し騒がしく追いかけた。