第1章 #01
海を見てるのが一番落ち着くから。きっと明日も明後日も、ここにいる間は毎日海に行くんだろう。
海を見てない時は落ち込んだことばかり考えちゃってる。考えちゃうのは仕方ないけど、そんな自分に疲れるしやっぱりいい気分じゃないから。
卵焼きにほうれん草のおひたし。朝から健康な和食だなあ、なんて思ってたらおばあちゃんが続けて言った。
「山下さんとこが今日釣りなんやてえ。一緒に行くかい?」
「ええ……釣りかあ」
まさかの提案に驚いた。釣りに誘われるとは……。おばあちゃんの前で釣りを好きだって言った覚えはないし、もちろん好きな訳でもない。
やったことないし。
でもせっかくだからやってみたいなあ。結構楽しそうだし、新しいことにチャレンジしてみるのもありかな。
「どうする?」
「行く!」
「行く?なら電話しとくね」
私よりも嬉しそうに笑いながら、おばあちゃんは山下さんに電話を掛け始めた。
山下さんはおばあちゃんより十歳ほど若いおじちゃんで、お盆やお正月なんかによく顔を合わせるご近所さんだ。
親戚じゃないのにお年玉をくれたり、大きな魚をお裾分けしてくれたりと、とにかくいい人なイメージしかない。
関わりはあるけど、釣りについてくのは初めてだなあ……ちょっと緊張するな。
たぶん釣れても魚を触われるか微妙だし。餌は……まあいわずもがな。山下さんに任せよう。
とりあえず日焼け止めを塗り始めていると、電話を終えたおばあちゃんがちぎったメモを持って部屋にきた。
「山下さんが言うとられたけども、動きやすい格好やてえ。ズボンと、あと帽子も忘れんようにいて」
一通りメモに書いたことを伝えてから、メモを渡してくれる。こういうのもなんだか、田舎らしいなぁなんて思った。いい意味でね。
七分丈のジーンズに英語のロゴが入った白いTシャツを着る。ここだとオシャレに気を使う必要もないから楽。オシャレなんてしても逆に浮いちゃうだけだしさ。
髪をキャップの穴に通るように少し高めに結い上げる。スマホやお金、ハンカチティッシュetc……必要そうなものを集めておばあちゃんに借りたナップサックに入れた。
友達には見せがたい格好だな。鏡をみて苦笑い。
でも何だか嫌いじゃなかった。