第2章 #02
幼馴染の件については落ち着いたのか、皆は視線を影山の方に向けて雑談を始める。
影山はちょうど海から上がるところだった。
私もその様子を見てると、右の方からちょんちょんと肘の当たりをつつかれる。
「七世は名前で呼ばないの?」
さっき誰かが言いかけていた質問を再び京治に訊かれる。質問の声はあんまり大きくなくて、他の人の意識がこっちに向くことはなかった。
影山のことを名前で呼ばない理由。そういうのやっぱり気になるのかな。
ほんの少しだけ胸の辺りが痛い気がした。
「愚痴みたいになるよ」
「うん。聞かせて」
「……中学まではお互いに名前で呼び合ってて。でも思春期に入ったのか、急にあっちが私のことを名字で呼ぶようになって。私、凄い仲のいい幼馴染だと思ってたから悔しくて……私も名字で呼んで、それで……お互い、全く仲良くなくなっちゃった」
私はあの頃……影山を飛雄と呼んでた時代、影山のことが本当に大好きだった。
幼馴染としてじゃなくて、一人の男の子として。
幼馴染なのにかっこよくて運動神経も良くて自慢の存在。ずっと一緒にいたから、好きになるのなんてそんなに時間はかからなかった。
影山に女っ気がないみたいに、私もそういう目で見られてないよな……って気がしてたから、私はただ誰よりも近くにいることができる、それだけで良かったのに。
男友達と一緒にいた影山が、私を「井上」って呼んだ時胸が苦しくてたまらなかった。
他の子と違って名字で呼ばれるはずがないって、それほどに私は幼馴染というポジションに安心感を覚えてしまってたから。
悔しくて私も影山って呼び返す。影山は二人きりでも私の名前を呼ぶことを躊躇うようになった。そして……。
家なんて真向かいでいつでも会えるのに、いつしか私達は学校ですれ違う以外には顔を見ることがなくなってしまった。幼馴染なんて言えないくらい、仲が悪くなってしまった。
私は失恋して、新しい恋を見つけてその人と付き合った。……別れちゃったけど。
なのに……。なんで影山は今、私を名前で呼ぶわけ。
昔の苦い思い出に胸が苦しくなったのは一瞬のこと。どんどんとイライラが募ってきた。
「私あいつのこと嫌いになりそう」
「いいんじゃない?」
呆れ笑いをしながら京治が答えた時、ちょうど影山が戻ってきた。