第1章 #01
お礼を言うべきなんだろうけど、黒髪の男の方も近くにいるしなあ……。後で帰る時に引き止めてさり気なく言おう。お礼も言えないほど無礼ではないからね私。
溜息をつきたい気持ちを抑えつつ海を向く。
けど、はて……何か忘れてるような。ん?……って、私いつの間にか釣竿を持ってない!どこに行った?!
「……!?」
「つ、釣れた」
気づいた時には手に持ってなかった釣竿。この男の手をどかす時に離しちゃって、もしかして海にでも流された…?なんて思ってたら。
なんと影山が釣ってた。しかも、私より全然大きなやつを。目が点になりつつ真顔だけど嬉しそうな影山。私はびっくりしすぎて、影山の肩に手を乗せて揺さぶった。
「えっ、えっ……!すごくない!?それ凄く大きいよ影山!」
「お前が手離した時にちょうど引っ張られてて…、なんか巻いてたらでけぇの釣れた」
「凄い!やったじゃん!」
「……おう」
「山下さん!」
少し口角を上げた影山。太陽の暑さのせいか頬が軽く赤みを帯びていて、影山の笑顔を幼く見せた。それとも本当に嬉しかったのか。
山下さんに呼びかければ影山の友達の視線も自然と集まって、大きな魚にワイワイガヤガヤ。今日釣れたどの魚よりも大きめで、山下さんも楽しそうに豪快に笑った。
「それ本当に影山が釣ったの!?」
「いやさっきまでこの子釣竿持ってたじゃん?」
「俺がちょっかい出してる間に釣ってた」
「ちょ、手出すの早すぎな」
さっきの事について話すのは余計、と思いつつ楽しそうな集団の中にいるのは私も楽しかった。一緒になって気分が上がる。
……というかこの男が手出すの皆知ってたのか。
本当に近づくべきじゃないな。ちゃんと注意しとこう。
「にしてもいいの釣ったなあ。兄ちゃん七世ちゃんの友達なんやろお?その魚よかったら持ってきな!」
「え、でもいいんすか?」
「もちろん!なんならこれ終わったらうち来るかい?うちの嫁さんが捌いてくれるんやけども」
「「おお!!!」」
周りの友達たちが騒ぐ。新鮮な魚を捌いてもらってすぐ食べられるなんて、美味しさを知ってる人間からしたらすごく魅力的だし食べ盛りな年齢なら尚更だよね。
山下さんいい人すぎるなあ、やっぱり。
思わぬ方向に進みそうで、でもそれを楽しく思う自分がいた。