第8章 夏の華 ―ハイジside―
箱根という夢がなかったら、とっくに手を伸ばしていたのかもしれない。
その笑顔を俺だけが独占できたらと、願ったことがないわけじゃない。
だが夢を叶えると決めた以上、ずっと陸上以外のものは見ないようにしてここまできた。
アオタケのみんなを巻き込んでしまってからは尚更だ。
俺の中の一番は、箱根を目指すこと。
もし舞ちゃんが誰かに恋をしたら。
その時は、俺は彼女の恋を見守ることに徹する。
そう、決めていたのだ。
舞ちゃんの恋の相手がユキだと気づいた時、少なからずショックも受けたけれどユキでよかったとも思った。
全く知らない誰かではなく、ユキなら。
ユキとは入学した時から三年以上一緒に暮らしてるんだ。
あいつのいいところだってよく知っている。
口では色々言うが、お人好しで世話焼き。
そして意外と真面目。これと決めたことには努力を惜しまない。
真っ直ぐで根っこは熱い奴―――けれど自分がそういうキャラだと言われるのは、恐らく嫌がるタイプ。
ユキはこれから舞ちゃんのこと、きっとものすごく大切にする。
舞ちゃんには幸せでいてもらいたい。
だから、ユキなら諦めもつく。
「ごめんね…」
舞ちゃんは何だか気まずそうに言い淀んだ。
「…何が?」
俺の気持ちを悟られているが故の "ごめん" なのではないかと思い、一瞬ドキリとする。
「ユキくんとのこと、黙ったままで」
「ああ、なんだ。別に謝ることじゃないだろ?」
「うん…でも私が落ち込んでた時、深く聞かずに自転車乗せてくれたでしょ?ハイジくん、気晴らしさせてくれた。だから報告した方がいいとは思ってたんだけど、タイミングを逃したままで…」
「舞ちゃんが幸せそうだからそれでいいって。まあ、多少嫉妬はしたけど」
「え…?」
ごめんな。こんな風に本音を紛れ込ませて反応を確かめたくなるなんて。
我ながら幼稚だ。
「だってユキの奴、大抵ツンツンしてるだろ?舞ちゃんに見せるような優しい顔、俺にはしてくれたことないからなぁ。舞ちゃんへの優しさの半分でいいから俺にも分けてもらいたいもんだ」
「あ…、嫉妬ってそっち?」
「何だと思った?」
「ううん、何でもない …」