第4章 焦燥
『5000mに出場する選手は、スタート地点に集合してください』
場内にアナウンスが流れる。
開脚ストレッチをしていたユキくんの背中から手を離した。
「じゃ、行ってくる」
「うん、頑張ってね」
5人は揃ってスタート地点に向かって歩いていく。
「私、何かドキドキしてきちゃった」
「独特の緊張感あるよなあ。キングなんて、この前何回便所行ってたか」
「せんぱーいっ!何でそういうこと舞ちゃんの前で言うんすか!先輩が便秘ってことバラしますよ!」
「ああ!?便秘関係ねぇだろ!」
ニコチャン先輩とキングくんのやり取りに、少し緊張も解れる。
ふと一人離れた場所にいるハイジくんが目に入った。
眉間に皺を寄せ、瞼を閉じている。
「ハイジくん?」
「…ああ」
「どうしたの?」
「いや何でも。あ、スタートするよ」
視線の先をスタート地点に送る。
みんな、頑張れ……!
『よーい…』
パアァンッ―――
選手の集団が一斉に駆け出す。
私も同じタイミングで、ストップウォッチのスタートボタンを押した。
速い。本当に。
このペースで5000m走るの…?
改めて長距離選手の身体能力には驚かされる。
スタートから数分。
大きな塊になって走っていた選手たち。
残り5周になった途端、その集団は縦に伸び始めた。
「ジョータくんとジョージくん、練習より速い…」
先頭集団に付いていく二人。
ストップウォッチに映された一周あたりのタイムは、今までの自己ベストを更新している。
「ムサくんも、神童くんも…ユキくんもだ」
みんな、練習以上の力で走っている。
「おい、こりゃいイケるんじゃねぇか?」
「先輩、公認記録クリアするには一周あたり何秒でしたっけ?」
「えー…、えっとぉー…あー…んんっ…忘れた」
前のめりになる先輩とキングくん。
「1分19秒を切るペース、じゃなかった?」
「おお、それそれ!さすが舞ちゃん!先輩物忘れが激しくなってきたんじゃないすか?」
「年寄り扱いすんな!」
「あ、先輩、キングくん!ラストスパートだよ!」
ここまで順調にペースを守ってきた5人が、それぞれスピードを上げる。