第4章 焦燥
「はい、300円のおつりね。トマトはおまけ」
「ありがとう、舞ちゃん」
バイト先には新しくスタッフが増え、夕方の時間をバイトで埋め尽くされることはなくなった。
今日は八百勝の店番だ。
練習前、夕飯の買い物に来てくれたハイジくん。
店先の電柱のそばではニラが尻尾を振りながらハイジくんを待っている。
「ハイジくん、何か疲れてる?顔色悪いような…」
私の知るハイジくんは、いつもハツラツとしていて肌艶も血色もいい。
でも今日は何だか顔が青白いし、目元にクマも薄っすら。
「そんなことないよ。元気元気」
そうは言うけれど、心なしか笑顔も弱々しい。
大学へ行って、練習こなして、練習メニューを考えて、朝晩の食事も作って。
こんな多忙な毎日を過ごしていたら疲れが蓄積されていて当然。
「ちゃんと休めてる?どこか調子が悪かったら早めに病院に行ってね」
「うん。わかってるよ。ありがとう」
言葉少なく笑顔を返してハイジくんはニラと一緒に帰って行った。
「大丈夫かな…」
明日は二回目の記録会。
万全のコンディションでない中5000mを全力で走るって…。
店番の間中ハイジくんのことが気がかりだったけれど、夕方の練習を終えた葉菜子からの話でその不安は和らいだ。
予想に反し、明日の出場選手は5名のみ。
ムサくん、神童くん、ジョータくんにジョージくん。
そしてユキくん。
ハイジくんと他の4人はサポートに回るらしい。
普段と雰囲気の違ったハイジくんを見た後だから、なんだかホッとした。
明日は私も初めて応援に参加する。
寝坊しないように早めにお風呂を済ませ、日付が変わる前にベッドに入った。
記録会の会場は喜久井大学のグラウンド。
私たちが到着した時には、既に沢山の選手たちがウォームアップしていた。
出場する5人がジャージを脱ぐ。
寛政大学は黒のユニフォーム。
「みんなかっこいい!陸上選手って感じ」
「でっしょー!舞ねーちゃんもそう思う!?ジャージも揃ってたらもっとかっこいいのになぁ」
「貧乏だからな、うちの部は」
ジョージくんとキングくんがそれぞれボヤく。
うちのお父さん、隣のお肉屋さん、それに町内会の人たち。
後援会に入った数名で金銭的な協力もしているみたいだけれど、まだ十分ではなさそうだ。