第17章 大手町にて
―舞side―
「痛み止めだぁ!?」
ニコチャン先輩の声が高らかに響いた。
口止めされたわけではないけれど、鎮痛剤を使用してレースに臨んでいるハイジくんのことを、事情を知らないメンバーには今まで黙っていた。
しかし、ハイジくんの走る様子がいつもと違う、と気づき始めたところで、大手町に到着したカケルくんが真実を話したのだ。
「やっぱりだ!汗の量がおかしいもん!」
「今更無理するなっつっても聞かねぇよ」
先行きを心配してみても、レースはもう終盤。
しかも相手はあのハイジくんだ。
何を言っても無駄だと、みんなも理解していた。
「信じましょう。ハイジさんなら絶対に見せてくれる。俺たちが目指す、最高の走りを」
カケルくんに諭され、無事に辿り着くことを祈りながらそれぞれが行く末を見守る。
『横浜大を振り切って、更にペースを上げる寛政大・清瀬灰二。10人で繋いだ希望を未来へ託すため、走ります』
実況の舞台は、最終日とあって読売新聞社ビルのバルコニーに設置されている。
そこからマイクを通して伝えられる音声は、周辺一帯に響いていた。
もう必要のないイヤホンを耳から外すと、風の過ぎ去る音が大きく聞こえた。
無理をしていることがわかる。
ここにいる誰もが毎日見てきた、ハイジくんの走る姿。
傍目には順調な走りに思えたとしても、"いつもと違う" という漠然とした違和感を全員が抱いていた。
強く願う。
どうか、最後まで走りきることができるように。
それこそがハイジくんの夢だった。
怪我とリハビリを乗り越えて、4年もかけて掴んだ今だから。
ハイジくんが満足する場所まで走って欲しい。
その場所こそがきっと、この大手町だ。
突如歓声が湧き、交差点の角から一人の選手が姿を現した。
疲労に交え、安堵の表情を携えているのは、六道大学の最終走者。
チームメイトが待ち構える中、勢いに乗ったまま満面の笑みで白いゴールテープを切る。
今年の箱根駅伝は、六道大学に優勝が決まった。