第17章 大手町にて
「東体大のペースが落ちているそうだ。行くぞ、このまま!」
活を入れる監督の言葉を受け、改めて気持ちを奮い立たせる。
俺が走っているのは10区、最終区間だ。
襷を繋ぐための次の走者はいない。
その代わりに、来年に繋げるのが主将としての俺の役目。
回転が鈍くなりそうになる。
膝の鳴る音で、限界が近いのだとわかる。
「ユキの試算だ。今のままだと、10位の東体大に6秒及ばない。残り3km、あとはお前次第だ!」
さっきよりも遠く、くぐもって聞こえる、監督の声。
頼む、もう少しなんだ。
大手町まで、あと少し。
そこでみんなが待ってるんだ。
風が強く吹いている。
俺の気持ちを追い立てるように。
右膝の故障は、俺の陸上生活を大きく変えた。
人生で初めての挫折だった。
目も開けられないほどの荒れ狂った風が、俺を取り囲むように身動きを封じた。
やがて大学に入学してまもなく、優しい春風が頬を撫でた。
まるで傷を癒やしてくれるかのような女の子が、目の前に現れたのだ。
芽ばえた恋心は、遂に届けられないままだった。
それでもいい。自分で決めたことだ。
舞ちゃんの幸せはユキとともにあるのだと、心から思っている。
10人目のカケルと出会ったことで、ついに役者が揃った。
涼風と旋風が交錯し、励まし合いながら、いさかいを起こしながら、そして高め合いながら、ここまで辿り着いた。
あの頃より少しだけ強くなれた俺だから、こう思う。
風が吹いてこそ人生は豊かになる。
再び陸上に奮起した俺が、みんなをこの地へ連れて来たのだと言う人もいる。
でもそれは全くの逆だ。
みんなが俺を、ここへ連れ来てくれたんだ。
この襷は来年も、寛政大の10人の手を渡って繋がれていく。
それが、今の俺の夢だ。
こんなに幸福なことがあるか。
嬉しい…涙が出そうだ。
俺は、本当に幸せだ。
例えもう二度と走れなくなったとしても、俺は、走ることが大好きだ。