第17章 大手町にて
―ハイジside―
向こうの空もこんな感じだった。
いつも雲が垂れ込めて。
目前に広がる曇天は、故郷である島根の空に似ていた。
高校の時に右膝を壊してからは、部活に参加をしても生殺しのような状態だった。
筋力維持のための地味なトレーニング……それが、俺の課題。
ただ部員のみんなが走る姿を眺めていた。
嫉妬もしたし、憤りもあったし、何故自分がこんな目に遭わなければならないのだと、暴れだしたい気持ちだった。
そんな時間を過ごした、島根の地。
曇り空が嫌いになった。
あの頃のことを嫌でも思い出すから。
弱かった自分が否応にも顔を出してきて、心を侵食してしまいそうで。
脚を運ぶたび、錆びついた音がする。
一歩を踏み出して着地すると、ズンと振動が上ってくる。
走り始めた時には違和感程度だった膝の重みは、今、徐々に痛みへと変化しようとしている。
シード権獲得のためには10位以内に入らなければならない。
仮にシード権を獲ったとしても、来年、チームが存続しているかどうかもわからない。
榊くんにそれを指摘された時、内心痛いところを突かれたと思った。
俺を含めた4年生はもういなくなるし、ニコチャン先輩もいい加減卒業に向けて本腰を入れなくてはならなくなるだろう。
王子は俺が無理矢理引きずり込んだようなものだ。
走るのは今年が最初で最後かもしれない。
来年も箱根を目指すメンバーがいるとしたら、カケル、ジョータ、ジョージ、神童、ムサ…、あと5人も足りない。
ただ、昨日今日と箱根を走るみんなの姿を見て、確信した。
きっと今年の箱根駅伝に感化され、後に続く者は現れる。
このチームは、素晴らしい。
胸を張って言える。
みんなと走ったことが、俺の誇りだ、と。
前方の選手を1人抜いた。
汗が次々と滲んでは大粒の玉になり、流れていく。
自分の身体の変化をまざまざと感じながら、戦うべき相手を再認識する。
他校の選手ではない。
タイムと、時限爆弾のようなこの膝だ。
古傷に鞭を打ってでも走りきらなければ、俺は選手生活を終えることができない。
やっと、曇天が嫌いではなくなったんだ。
走っても走らなくても、同じだけ苦しい。
成し遂げられないとしても、心が望むことをやり通したい。
それがわかったから。
過去に縛られるのには、もう飽きた。