第15章 天下の険
「それ、私が触ってもいい?」
ユキくんの手の中にあるふたつの大切なものに、視線を落とした。
「もちろん」
差し出された襷と御守りを、ユキくんの掌ごと私の両手で包み込む。
ユキくんが、ユキくんらしく走れるように。
大きな波乱なく駆け抜けることができるように。
順位、シード権、区間記録。
ハイジくんやみんなの目指す場所があるのは知っている。
叶えて欲しいとも、心から思ってる。
それでも根底にあるのは、無事に走ってもらいたいという気持ち。
「今晩、温かくして寝てね」
「舞も風邪引くなよ」
「うん。あ、そう言えば、ユキくん防寒具持ってきてる?」
「手袋はあるけど。明日のスタートの時はマジで寒いだろうからな」
「じゃあ、これも」
持ち歩いていたリュックから、カイロを取り出して渡す。
それから、剥き出しの寒そうな首元に私のマフラーを巻きつけた。
「グレーだから、ユキくんが巻いててもおかしくないよね?」
「サンキュ」
「ユキくんの頭、寒そうなんだもん」
「誰がハゲだ」
アオタケのツッコミ担当らしく、すかさずそう返して私の鼻を摘む。
「うっ、ハゲは言ってない!」
「わりぃ、赤くなった」
「もう…」
白い歯を覗かせて、悪ふざけをする子どもみたいな顔を見せるユキくん。
明朝まで続く緊迫した時間の中で、ほんの少しでも気が紛れたのなら、私も嬉しい。
「何か落ち着くな。舞の匂い」
ふっと笑ったあと、ユキくんは私のマフラーに顔を埋めて呟いた。
「舞。ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」
―――やだ……泣きそう。
まさか今日このタイミングでそんなことを言ってもらえるなんて思ってもみなくて。
驚きのあまり返す言葉が浮かばず、声に詰まる。
さっきまで茶化して笑っていたユキくんは、いない。
真っ直ぐに私を見つめ、少し冷えた掌を私の手の甲にそっと添えた。