第15章 天下の険
神童くんがしっかり休息を取れるように私も客室を出る。
ちょうど廊下で寝具の整理をしていた仲居さんを見つけたので、夕食の件を言付けてから一階へ下りた。
ユキくんとハイジくんの話も終わったところらしく、こちらに向かって歩いてくる。
「舞ちゃん、監督と少し話があるから、出発はもう少し待ってくれる?」
「わかった。あ、でも監督さん今お風呂に行ってるよ」
「6時間近く車に座りっぱなしだったもんな…腰にも響くだろう。部屋で待つことにするよ。ホテルに着くのは夜になるな」
ユキくんたち三人を残して、私とハイジくん、カケルくん、ジョージくんは今から横浜に向かう。
既に王子くんはチェックインを済ませていて、そろそろ葉菜子もホテルに到着する頃。
明日の早朝横浜を発つ私たち6人は、それぞれの区間や予め決めておいた待機場所へ移動する手筈になっている。
「舞。ちょっといい?」
「うん」
ユキくんに促されて、卓球台やビリヤード台、古いボードゲームなどの娯楽設備が置かれた場所までやってきた。
この時間は夕食前ということもあり、辺りに人の気配は見つけられない。
「次にこうして話せるのは、俺が走り終わった後だな」
「そうだね」
木製のベンチに腰掛けた私たち。
言葉数の少ないユキくんの様子からは緊張が伺える。
ユキくんはジャージのポケットから何かを取り出した。
ひとつは、今日の5人が繋いできてくれた黒い襷。
「寛政大学」と刻まれた銀色の刺繍が、ダウンライトの中に浮かび上がっている。
そしてもうひとつ手にしているのは、藍色の御守り。
駅伝ファンだと言って去っていった女の人がくれたものだ。
その人は、もしかしたら―――。
「重いな、襷って…。テレビで見てるだけの頃は、選手たちが背負う襷の重みなんて、わからなかった」
「うん」
「一人ならこんなに重くはなかったと思う。でも一人きりだったら、走り続けることはできなかった。俺を支えてきてくれたチームの重みなんだよな、これは」
誰かが誰かの力になりながら、労り合い、励まし合い、この場所まで辿り着いた。
信頼も敬愛も感謝も抱いているからこその重圧。
ユキくんの思いが、染み入るように伝わってくる。