第15章 天下の険
ゆっくり首を持ち上げた神童くんは、潤んだ瞳を一瞬こちらへ向けたあと、その雫を閉じ込めるように微笑んだ。
「僕の方こそ、ありがとうございます。舞さんの声援、ちゃんと聞こえてました」
「…うん」
「よし!泣き言はもう終わりにしますね。次の僕の役目は、ユキさんを支えることですから」
神童くんは憔悴の色を残しつつも笑顔を作り、自分を奮い立たせるかのようにそう言った。
「5区のスタート地点に立つ時、たぶんユキさん "棄権してもいい" って言いかけたんですよね」
「もしユキくんが止めてたら、神童くん、どうした?」
「それでもきっと走りましたよ。あの時の僕は、繋ぐことしか考えられなかったので」
「そっか…」
「でも、僕の体を案じて止めようとしてくれたことも、その言葉を飲み込んでくれたことも、ちゃんと伝わりました。どちらもユキさんの気持ちだったこと、わかってます」
神童くんが走っている最中、電話越しに聞かせてくれたユキくんの自問自答。
心に張り付いた苦境の思いへの答えは、今、神童くんが教えてくれた。
「ユキさんがいてくれたことが支えになりましたから。だから明日は、僕が」
ユキくんならきっと走り切ると信じてる。
けれども、信じることと不安がないことは同義ではない。
山道ならば散々トレーニングを積んできた。
真冬の凍えるような冷気の中での練習も同じく、毎日毎日何時間も。
しかし、標高860mを越える高地かつ気温は氷点下。更には雪の予報。
ぶっつけ本番にしては厳し過ぎる条件だと言える。
明朝の天候については神童くんにも伝わっているようで、山道を走ることに関して彼なりの見解を教えてくれた。
上り、下りの違いこそ大いにあるものの、5区と6区は同じコースを辿る。
走りきった神童くんだからこそ気づけたポイントがあるらしい。
まるで私を安心させるみたいに、今度は曇りのない面持ちで神童くんは目を細める。
「ユキさんは、やると決めたことは成し遂げる人ですよ」
「そうだよね。明日のスタート、私はそばにいられないから。ユキくんのこと、よろしくね」
「はい。任されました」