第15章 天下の険
予報によると、明日の早朝は雪。
芦ノ湖の最低気温は氷点下。
足場は濡れ、凍結も予想される。
ユキくんはハイジくんが帰ってしまう前に相談したいことがあると言って、先程の談話室に向かった。
カケルくんは大学に、ジョージくんは葉菜子に連絡を入れるため、廊下に出ていく。
室内には私と神童くんの二人きりになった。
「夕食は食べられそう?仲居さんに聞いたら、お粥か雑炊作ってくれるらしいんだけど」
「じゃあ、お粥をお願いしてもらってもいいですか?」
「いいよ。頼んでくるね。ついでに売店で何か買ってこようか?」
「そうだなぁ…あ、Tシャツを一枚買ってきてもらえると助かるんですけど。汗いっぱいかいたから着替えが足りなくて」
「うん、わかった」
「舞さん」
「何?」
「すみませんでした。ここまで来てもらったのに」
瞼を伏せ、言葉尻を小さくして神童くんはそう言った。
さっきまでは見せなかった顔だ。
これ以上心配をかけないようにと、みんなの前では気を張っていたのかもしれない。
そんなこと言わないで。
謝る必要が、どこにあるの?
「神童くんには、お礼が言いたいくらいだよ」
「え…?」
「神童くんは成し遂げたじゃない。襷を繋いでくれて、今無事にここにいる。それだけでもう、十分」
「……ありがとうございます」
ほんの少し、ぽっかり沈黙が空いたあと、小さくため息をつきながら神童くんはポツリとこぼす。
「はぁ…、また弱ってるところを見せちゃいましたね」
それが何を指すのかは、すぐに思い当たる。
梅雨の真っ只中だった。
ユキくんとの間に距離ができてしまい、私の心にも同じように雨が降っていた頃のこと。
「舞さんに傘を貸してもらったあの日、実は彼女と別れたんです」
「……そうだったんだ」
「彼女に辛い言葉を言わせてしまって。だからこそ中途半端は駄目だ、とことん打ち込もうとここまでやってきたんですけど…」
声を詰まらせた神童くんは、悔しさを滲ませて俯いた。
神童くんの気持ちを考えると、胸に何かが突き刺さるように痛い。
この箱根の山を、ただ悔いを残すことなく今までで一番の走りで駆け上りたかったに違いない。
「明日に繋げてくれたのは、神童くんだよ。
ありがとう、ここまで走ってきてくれて」