第15章 天下の険
「中、入れば?」
「ううん。後にする。下の談話室にいるね」
ちらっと見えた室内では、ハイジくんやカケルくんが神妙な顔つきで監督の話を聞いていた。
「無事だから良かった、じゃ済まんこともある。明日、お前たちを同じ様な危険に晒すわけにはいかん」
閉じたふすまの向こう側から、厳しい声が漏れてくる。
神童くんが大事に至らなかったのは、たまたま運が良かったからだ。
今日の気温がもっと低かったら。
路面が凍結していたら。
神童くんの熱が、あと少しでも高かったら。
何かひとつ条件が違えば、神童くんは今頃ここではなく、病院のベッドに伏せていたかもしれない。
監督の言葉の重みを噛み締めて、私は客室を後にした。
ロビーにあるテレビからは夕方のニュースが流れていた。
今日往路優勝を果たした房総大が、表彰台に立つ場面が映し出される。
まだ、レースは半分。
明日がある。
私も気持ちを切り替えよう。
まずムサくんとキングくんに連絡し、神童くんの容態が落ち着いたことを知らせる。
ニコチャン先輩とジョータくんにも同じく。
王子くんのことも心配だ。
走ったあと誰も付き添わずにたった一人、どこかで倒れていやしないかと電話をかけてみる。
王子くんは今晩宿泊する横浜のホテルに自分の足でちゃんと辿り着き、休息しているところだった。
今日走りきった5人は、みんな無事だ。
それがわかっただけでもホッとした。
スマホをしまい、今度は通りかかった仲居さんに頼みごとをする。
この旅館には毎年のように箱根駅伝に出場する選手が宿泊するらしく、慣れているとでも言うように快く対応してくれた。
少し気が抜けて、ふぅ、とソファに背を預ける。
「舞」
私を呼びにユキくんが降りて来てくれたようだ。
「終わったよ。監督のありがたい説法が」
「そう」
「神童が目を覚ましたんだ。舞も来いよ」
「うん」
日は徐々に傾き掛けている。
客室まで向かう間、窓からは橙色の光が絶えず眩しく射し込んできた。
部屋に入り、言葉を交わせるようになった神童くんと少し話をしたあと、3台のスマホを布団に並べてビデオ通話に繋ぐ。
この場にいない5人と神童くんを、対面させるために。