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淡雪ふわり【風強・ユキ】

第15章 天下の険



監督が肩に手を触れる寸前、神童くんは体を起こした。
何がなんでも、襷を届ける―――虚ろながらも、そんな意志を秘めた瞳に見える。

一歩、また一歩と、前へ。

監督の判断もあり、神童くんは再び走り始めた。

大音量でスピーカーから流れてくる、沿道の声援。
そしてこの場所にいる人たちも、本人に届かないとわかっていながら励ましの言葉を送っている。


神童くんの走っている姿は、多くの人の胸を打つものだった。





「神童さんです!」

その姿を捉えたカケルくんが声を上げた。
揺らめいて近づいてくる人影は、紛れもなく彼のもの。
二本の脚は、確実にこちらに送り出されている。
それはとてつもなく重く見える一歩。


「神童!!あと少しだーっ!!」


導くようにハイジくんが叫ぶ。
カケルくんも私も、大声で名前を呼び続けた。
ここで待っていることがわかるように。
少しでも神童くんの耳に届くように。

今すぐにでも駆け寄って、その体を受け止めてやりたい。
私には、二人が心でそう叫んでいるように見えた。


あと十歩もあれば、神童くんはゴールに辿り着く。


「ハイジくん、水!」


「ああ!」


差し出したミネラルウォーターを受け取り、ハイジくんとカケルくんはゴールラインで待ち受ける。
テープを切った直後、二人の腕の中に落ちるように神童くんは倒れ込んだ。

ハイジくんはペットボトルの水をまず神童くんの頭から掛け流し、次に給水させようと口元へ当てた。
しかし当の本人は力なくそれを拒み、唇を動かして何か訴えている。
カケルくんは今にも泣きそうな顔をしながら、首を大きく横に振った。
何度も、何度も。



神童くんが何を伝えたのか、そのやり取りで理解できた。
口にしたのはきっと、謝罪の言葉。



涙がまた、溢れてくる。



あんなにも苦しい思いをして、ゴールまで走ってきたじゃない。
それだけで、もう……。
この場所に襷があるのは、明日に繋ぐことができるのは、神童くんがいたからなんだよ。



神童くんの体は担架に移され、救護班のテントに運ばれていった。
医師の診察によれば、脱水症状に陥ってはいるものの、点滴を施したあとの容態から見て救急搬送はしなくてもいいだろうとのことだった。


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