第15章 天下の険
『こちら3号車です!寛政大 杉山、全くペースが上がりません。大ブレーキです!後方からは横浜大、更に城南文化大の2校が迫ってきている!果たして逃げ切れるんでしょうか』
『いやぁ、これは…時間の問題でしょうね。何らかのトラブルを抱えていますよ、彼は』
神童くんの非常事態を伝える実況と解説者の声が、周辺に響いている。
私たちを乗せたタクシーは芦ノ湖の駐車場に到着した。
5区のフィニッシュ地点になるこの場所は、見物客や大会関係者、テレビ局のスタッフなどでひしめき合う。
私たちはその間を潜って、特設された大型ビジョンの前までやって来た。
ハイジくんは事前の試走の際、距離を知るポイントになる場所や注意事項を神童くんと確認していた。
けれど、今の神童くんにそれを認識する思考はあるのだろうか。
ふらつき蛇行しながら、必死に左右の脚を順に繰り出している。
スピードを落としてはふと上体を起こして進み、しばらくするとまた失速。
まるで、電池切れ寸前の不安定な機械を思わせる。
いつ止まってしまっても、おかしくない。
そんな状態にありながらも、自分が果たすべき役割だとでも言うように、神童くんは足を止めることなく前へ前へと山道を上っていた。
もう、いいよ……。
十分だよ、神童くん……。
瞼をそっと閉じた。
重力に任せて雫が頬を伝い、吹き抜ける風によってそこが冷やされていく。
その時、かじかんだ私の手の中でスマホの電子音が鳴った。
ひと呼吸置き、スンッと鼻をすすってそれに応える。
「……はい」
『舞?もうゴール地点にいるよな?』
「うん」
『……泣いてんの?』
今まさにユキくんも、神童くんの様子をスマホで見ているはず。
私の状況にも察しがついたようだ。
きっと今の私を見たら、ユキくんは呆れるだろう。
神童くんが必死に前進しているのに直視できない、情けない恋人のことを。