第15章 天下の険
本音を言えば、不安と心配でどうにかなりそうだ。
熱はまだ高いままなのだろうか。
発熱は全身の関節や筋肉にも影響する。
そんな状態で山を上るなんて、どれだけ体に負担がかかることか。
無理ならば、棄権という手もある。
神童くんの体が第一。
それによって落胆したり叱責する選手は、寛政大の中に誰一人としていない。
けれど神童くんが望んでいないのに、安易に「止めろ」なんて言えるはずがない。
逆もまた然り。「頑張れ」なんて、とても……。
小田原への電車の乗り継ぎですら、きっと気力で何とかしてきた神童くんなのだから。
恐らく車内の三人全員が同じ気持ちでいる。
タクシーの中はシンと静まり返り、重苦しい時間が漂う。
そんな中、ラストスパートをかけたジョージくんが小田原中継所に駆け込む姿が映し出された。
その襷は、遂に、神童くんへ―――。
―――………
『お姉ちゃん、どうしよう。ジョージくんが、泣いてて…』
「うん…」
『神童さんの体、4区を走ってきた自分よりずっと熱かったって。神童さん、熱があるの…?もっと時間を稼がなくちゃいけなかったって、ジョージくん悔やんでる…』
「ユキくんは?ジョージくんと一緒にいる?」
『いるけど…』
「じゃあ、今はユキくんに任せて。ジョージくんが落ち着いたら、そばにいてあげて」
『……わかった』
オロオロした声で葉菜子が電話をしてきたのは、神童くんが走り始めてしばらく経った頃のこと。
ジョージくんは相当堪えたのだと思う。
朦朧とした状態の神童くんに、自ら襷を託したのだから。
神童くんは、走っている。
ひたすら前へ。
その姿は、いつもの彼ではない。
練習中、水を得た魚のように軽快に坂道を駆け上っていた神童くんは、今はいない。
一歩一歩が酷く重そうだ。
交互に脚を踏み出すことだけで精一杯のように見える。
それでも「繋ぐ」という固い意志が、神童くんを前進させる糧になっているのだということが伝わってくる。
このチームを大切にしてきた彼の気持ちは、私も充分わかっているつもりだ。
でも、脚がもつれるたび、呼吸をすることすら必死な顔が映されるたび、こうして見守ることしかできない状況が苦しくてならない。