第15章 天下の険
「ハイジさん、監督に連絡してください!俺が話します!」
「え?あ、ああ…」
その気迫に押され、言われるがまま電話をかけるハイジくん。
監督に繋がったと思った途端、カケルくんは声を荒らげた。
「あいつにゴチャゴチャ言ってもすぐ忘れるんで、これだけ伝えてください!」
あぁぁ…ジョージくん、怒られるよ……。
「 "好きなら走れ" って!」
私もハイジくんも、カケルくんの意外なエールに目を丸くする。
てっきり「レースに集中しろ!」とか、「ちゃんと走れ!」とか苛立ちに任せた言葉を浴びせるのではないかと思っていたからだ。
カケルくんは大きく息を吐いた後、ハイジくんの手にスマホを返す。
「いいこと言うじゃないか、カケル!」
「ジョージくんって…え?葉菜子のこと好きなの?」
「ジョータの言葉に動揺して、あれだけ上の空なんですから。きっとそうなんでしょ?……よくわかりませんけど」
「恋愛のレの字も興味なかったお前が、そんなこと言うとはなぁ。王子の漫画で勉強したのか」
「なるほど、漫画ね。 "好きなら走れ!" なんて、カッコよかったよねぇ?」
「だよなぁ〜?」
「〜〜っ!からかってますね!?二人とも!!」
自分の発した台詞に今更恥ずかしくなったのか、カケルくんは頬を赤く染めた。
けれどその恥ずかしさの甲斐あってか、ジョージくんはストライドを大きくしてグングン前へ進む。
予想外のアクシデント(?)はあったものの、本来のジョージくんの走りを取り戻してくれて、私もホッと胸を撫で下ろした。
そして。
いよいよ、神童くんのスタートが迫る。
「神童、絶対に給水しろ」
たったひと言そう告げたハイジくんは、電話を切った。
気持ちが痛いほど伝わってくる。
ハイジくんは口を閉ざした代わりに、心痛の思いをその表情から醸し出していた。
「誰でも同じです。もう、何も言えません」
ハイジくんの心中を察して、カケルくんは慰めるようにそう言った。