第15章 天下の険
「ムサくん、大丈夫かな…」
「2区では、何人もごぼう抜きするようなハイペースな選手が現れる。周りに差をつけられることに焦ってしまうと、本来の自分のペースが崩されるんだ」
1区の時と比べ、画面上で見るだけでも集団は縦に伸びてきている。
過去には10人以上抜くようなスピードの選手もいたのだとか。
「ムサさんは10kmを29分台前半で走る力を着けていて、他の選手とも遜色ありません。心身の強さ、勝負勘も優れているランナーだと思います。信じましょう、きっとムサさんの走りを取り戻します」
「うん」
声援を送ることができないのなら、もう信じる他ない。
真面目で努力家で、自分のことにも仲間のことにも真っ直ぐなムサくん。
その努力がここで報われると、私も信じてる。
しばらくして、トップの選手が権太坂に差し掛かったと伝えられた。
「2区最大の難所って言われてる場所だよね」
「そう。その名の通り坂道ではあるが傾斜は緩やかだ。ただ、脚を駆使してきた頃に訪れる1km強の距離が、選手たちの体力を消耗させる」
「ラスト3kmで "戸塚の壁" も待ってますからね。逆に言えば、まだ追い上げるチャンスはあります。ここで失速する選手も大勢いますから」
とどめを刺すような急勾配が続く、戸塚中継所手前の3Kmが通称 "戸塚の壁" 。
この先に待ち構える難所がムサくんを苦しめるハードルではなく、他の選手を引き離すチャンスだと考えるカケルくん。
チームメイトとしてのムサくんへの信頼の証だ。
「心配ないよ。ムサなら、その2カ所で失速するどころかごぼう抜きできるかもしれない」
「うん」
電車は小田原方面に向かい、淡々と進む。
車窓を流れて行く景色には目もくれず、私たちはスマホの画面を食い入るように見つめた。
15km地点を通過後しばらくして、監督から連絡が入った。
「気負わず、慌てず、確実に」
レース前、ハイジくんが掛けていたアドバイスを思い出したかのように、ムサくんのペースが安定してきたらしい。