第15章 天下の険
「寛政大学!中継ラインへ!」
運営スタッフの指示が入った。
もうすぐ王子くんがやって来るという証拠だ。
「行ってらっしゃい、ムサくん」
「気負わず、慌てず、確実にな」
「頼みます、エース」
「はい。行ってきます」
代わる代わる言葉を交わし、ムサくんを送り出す。
今か今かと待ち構える私たち。
目を凝らしていると、見慣れたフォームで走る人影が見える。
だんだん近づいて来る、黒いユニフォーム。
「!!」
王子くん……!
その姿を捉えた途端、目頭に熱が宿り、涙が溢れてくる。
突如脳裏に蘇ってきたのは、倒れそうになりながらも多摩川までの5kmを走っていた、出会った頃の王子くんの姿。
本当に、大手町からここまで、走ってきたんだ……。
「王子ーっ!!」
「王子さあぁぁん!!」
ハイジくんとカケルくんが、声を張り上げて名前を呼ぶ。
「ここまで来い」、「あと少し」、そう言っているみたいに。
「王子くーんっ!!」
私も、涙で声が詰まりそうになりながらも思い切り叫んだ。
「王子さーん!ここでーす!!」
大きく手を振り、王子くんの目に留まるように。
ムサくんの待っている姿こそが、最後の力に繋がるはず。
王子くんが目指すゴールは、ここだ。
背負ってきた襷を、遂に外す時が来た。
両手でしっかりとそれを掴み、そして……
王子くんはムサくんに、希望を繋いだ―――。
直後倒れ込んだ体を、ハイジくんとカケルくんが抱き止めた。
脚は小刻みに痙攣し、全身で荒い呼吸を繰り返している。
ハイジくんは言う。
「王子、あの時の言葉は取り消す」
「はぁっ、はぁっ…!…っ…」
「ありがとう」
謝罪に代わり、改めて伝えたのは感謝の言葉。
「はぁ…っ、……合格」
憔悴しきっていようとも、口の減らない王子くんらしい返事だ。
1区を完走した素晴らしいランナーに、ただただ拍手を贈る。
それに気づいた王子くんは、疲れを滲ませつつもどこか晴れやかな笑顔で、小さく拳を上げた。