第15章 天下の険
王子くんが襷を託すのは、ムサくん。
通称、花の2区。
エースが走る区間とも言われ、その走者に選ばれたムサくんのプレッシャーは計り知れない。
「きっと、僕の緊張を解そうとしてくれたんだと思います」
私たちが思う以上に神童くんは辛いはず。
走ることに関しては言うまでもない。
それ以前に、東京から小田原への移動すら体力を消耗する行為に違いない。
そんな状況下でチームメイトへの気遣いまで…。
神童くんのことは、ユキくんに任せて正解だったのかもしれない。
私を気にして集中できなくなるくらいなら、そばにはいない方がいい。
突如、歓声が大きくなる。
トップでここまで走ってきた選手が、2区のランナーに襷を繋いだのだ。
私たちの目の前で、数秒ごとに次々と走者が入れ替わっていく。
王子くんは、まだ現れない。
箱根駅伝をよく知らなかった頃の私には、とても想像できなかった。
違う…想像したとしても、真実味がなかった。
最下位の選手が、どんな思いを抱えて走っているのかということを。
順位を競うからには、スポットライトはどうしたって上位ランナーを照らす。
けれども、後ろを走る一人一人の選手にも、当然努力の軌跡がある。
そんな単純な事実を、ここに立って初めて、こんなにも痛烈に思い知らされている。
王子くんは一度も足を止めることなく走り続けてきた。
どれだけ遅れをとっても、記録が伸び悩んでも、倒れても、吐いても、逃げ出したくても、他者から嘲笑を受けても。
その理由に、納得がいく出来事があった。