第11章 くゆる紫煙と君の香り/広津柳浪
「女性を待たせるなんて、マナーがなってないんじゃないですか。広津さん?」
広津─と呼ばれた男は、白手袋に覆われた細い指でモノクルを直した。
「…それは失礼したね」
低く夜に響く声でそう言うと、少しだけ眉尻を下げた。
なんだか子供を見るような目だ…。
私はこう見えて、立派な大人だ。平均より身長が少し小さいだけで、お酒も強いし煙草なんてこの通り!
何度も吸いこめば体が嫌でも慣れてくる。
どうして煙草を吸うようになったかなんて…いちいち覚えちゃいない。ただ何となく、目に付いたからそうしただけで、特に深い意味なんてない。
「本当は、時間通りに来るつもりだったんだがね…少々後始末に手間取ってしまった」
「おやまあ、それは大変でしたね」
「急いでここへ来れば、労いの言葉のひとつやふたつ、拝聴できると思ったが…まあ、貴女が相手なら仕方ないですね」
「 ……どういう意味それ…?」
「おっと、これは失敬」
いつの間にか彼の口角はクッと上がっており、慣れた手つきで胸ポケットから煙草を1本取り出すと、緩慢に火を点けた。
魅月はというと、煙の代わりにため息を吐き出し、寿命ギリギリまで使った鉛筆のように小さくなった吸殻を、自身の携帯灰皿に押し付けた。
ちらり、と彼の方を横目で見てみると、仕事終わりの一服を気持ちよさそうに目を閉じて吸って吐くその横顔につい見とれてしまった。
年齢は自分よりかなり年上だが、その横顔から首筋にかけて見つめていると、どうしてか異性を意識してしまう。
あぁダメダメ!私ったらついこれなんだから!と、気を紛らわすように新しい煙草を吸おうと、手早く取り出した。
少しだけ震える手でライターを擦るが、火花が少し散るだけで、炎が出なかった。
「あれ、おかしいな…」
カチカチと、空ぶる音を耳にした広津は、魅月の方を見やる。
空のオイルのライターを擦る彼女に、つい声を漏らしてしまった。
「オイル、もう切れてるじゃないか」
「!?」
なぜこんな初歩的なことに気が付かないんだ…!と、耳まで熱が回るのがわかった。
煙の代わりにため息を吐くと、ライターを内ポケットにしまった。