第11章 くゆる紫煙と君の香り/広津柳浪
ぷはぁ、とだらしなく口を開けて吐き出した。
密度を保った煙が、夜のヨコハマに生まれて消える。
細い指につままれた、ガラスペンから滲み出るインクのような煙草が薄い唇に挟まれる。
上気したように赤く灯った。
「遅いなぁ…」
腕時計を見やると、約束の時間を5分過ぎていた。
たかが5分、されど5分。
向こうから呼び付けといて遅れるとは何事か。いくらポートマフィアの構成員だからといって、時間を守らなくていい理由にはならない。
無論、女性を待たせるなんて失礼じゃないか!
今度は口を尖らせて煙を吐き出す。
まあ彼は、今までの密会を数えるとほとんど時間通りだから、今日で少し遅れただけで憤るのは、自分の器が計り知れる。
こうして煙草を吸える時間が取れたから良しとしようと、なるべくプラス思考で考えたいが、屋上は地上に比べて風が強く、いくら暖かな春とはいえ、夜は少しだけ冷える。
此処にいると、彼と初めて会った時のことを思い出す。
あの夜も風が強かった。
ヨコハマを見下ろすこの場所で、1人優雅に煙草を嗜んでいたところ、何の因果か彼と出会った。
ちょっと身なりのいい中年男性だとタカをくくって話をしたら、なんと夜を統べるポートマフィアの1人だなんて。
一体誰が、そんな想像できるだろうか。
その時、火をつけた2本目の煙草は、驚きのあまりすぐに唇から落ちてしまった。
「あの時、なんの話しをたっけ…」
1つも思い出せない、なんてことがあるだろうか。
あまりの衝撃で会話が入ってこないのか、一時的に脳が停止状態に陥っていたのか、それとも………
と、記憶を撹拌させていると、非常口のランプが光るドアが、ギギ…と金属特有の軋んだ音を立てて開く。
す、と音もなくドアから入ってきた見覚えのある顔に、魅月の口角が少しだけ上がった。
身一つでここへ来た彼は、スカーフをたなびかせてこちらへ歩いてきた。
彼はゆったりとした笑みをたたえ、距離が詰まる。