第9章 熱帯夜にシャンパンを/森鴎外
今、魅月の居心地は最悪だった。
まさかこんなにたくさんの重役が来ているとは思わず、場違い過ぎやしないかとハラハラしていた。
てっきり、もっとたくさんの部下が来ると思っていたが、会場内では鴎外とほぼ2人きりだった。
居心地悪いことこの上ない。
燕尾服を纏ったボーイが、トレーの上にシャンパンを載せ、「おひとついかがですか?」と声をかけてきた。
何か持って飲んでれば落ち着くだろうと考え、魅月はお礼を言うと、薄い黄金色のそれを手に取った。
──数刻前。
日が傾き始めた頃、鴎外の言う通り彼の部下が自宅マンションに迎えに来てくれた。
本人はいなかったが、運転手は「お疲れ様です」と声をかけてくれ、魅月がシートベルトを締めたのを確認すると直ぐに出発した。
向かった先はポートマフィア御用達の美容院で、一見古いビルの中にあるため分からないが、中はシンプル且つ洒落た内装で、久しぶりにこういう所へきた魅月は少し嬉しかった。
話が通っているのか、まず顔の施術から始まり、全身のオイルマッサージ、メイクのあと、最後に髪をセットしてくれた。
流れるようなスタッフたちの動きに呆気に取られながらも、魅月は「できましたよ」という声にはっと我に返る。
大きな鏡に映った自分を見て、魅月は思わず「わぁ…」と声を上げた。
さすがプロ。全く別人のようだと魅月は感心した。
お似合いですよ、と声をかけられ、魅月ははにかんだように笑った。
時間も迫ってたため、スタッフたちに礼を言うと足早に車へ駆け込んだ。
そしてその後は、言わずもがなパーティー会場。
到着すると、何故か玄関ポーチで鴎外が待っているのが見えた。
いつもと違うデザインの黒いスーツを着こなしており、赤ではなく濃い紫のスカーフをしていた。
無意識に見つめてしまい、車が停ったのも気が付かなかった。
ドアが自動で開いたとこで、魅月は気が付き、表情を引き締めると車から降り、運転手に一礼した。
「…お待たせ致しました」
と、彼からやや目を逸らしながら魅月は呟くように言った。
鴎外は柔和な笑みを浮かべ、魅月の手を取り彼女の耳元に口を近づけ、「とっても似合ってるね」と囁いた。