第9章 熱帯夜にシャンパンを/森鴎外
いいね、と念を押された魅月は、今度は口元をへの字にした。
「…それとも、私に着せてもらいたいのかい?欲しがりだねぇ、君も」
「いやっ!結構です!」
「そこまで拒否しなくてもいいじゃないか」
むっと片頬を膨らます鴎外。
だがすぐに、獲物を見つけた猛禽類のような目付きに変わる。
「当日、楽しみにしてるから。ね」
わなわなと胸の前で慌てる魅月の手をぎゅっと掴むと、彼女の頬が爆弾のようにボンっと赤くなった。
魅月は黙って2、3度勢いよく頷くと、逃げるように部屋から出てきた。
廊下の突き当たりまで一目散に走り、ちらりと後ろを見ると、開けたドアの隙間から鴎外がちょこんと顔を出していた。
「気をつけて帰るんだよ〜」
そして手をヒラヒラと振り、「おやすみ」と言葉を続け、何事も無かったかのようにドアを閉めた。
残された魅月は、紅潮した頬の熱を覚ますように片手の平で頬を覆うと、誰に言うわけでもなく、「なんなの、もう…あの人は」と呟き、大きくため息をついた。