第9章 熱帯夜にシャンパンを/森鴎外
退勤前に突然呼び出しを食らい、魅月はドスドスと赤い絨毯を踏みながらボスの部屋へ向かう。
他愛もない用事でよく呼び出されてたため、今度もきっとそうだろうと思っていた。
「まったくもう…ほんとに、自由な人なんだから!」
誰もいないのをいいことに、魅月は頭からプスプスと湯気をたてている。
ぶつくさとボヤいているうちに、目的の部屋の前まで来た。
少し乱暴気味に3回ノックをすると、中から「入っていいよ」とくぐもった声が聞こえる。
「失礼します!」
と同時にドアを開けて中に入る。
本当はドアを開ける前に声をかけるべきだが、そんな余裕は塵ほどもなかった。
「ボス、ご要件はなんでしょうか…!事と次第によっては、私の…」
「見てご覧よこれ、すっごく綺麗だと思わないかい?」
魅月の言葉を遮り、ポートマフィア首領──森鴎外は、ぱあっと朝日のような笑みを浮かべてこちらを振り返った。
白手袋をしたその手には、濃い紫色のドレスが握られていた。
肩の部分は透け感のある素材でできており、細かいダイヤが裾に散らされている。
一目見ただけで、このドレス一つでマンションが買えそうなくらい上等そうなものだった。
だが、「ついに淑女の服にまで手を出したのか」という気持ちと、任務中なら絶対に見せないような笑顔に、魅月は思わず眉をしかめる。
彼は少しだけ真面目な表情になると、ドアの前で棒立ちする魅月の前に煌びやかなドレスを持ってきた。
「週末、ちょっとしたパーティーのような集まりがあるんだ。もちろん君にも同行してもらうからね、そこへ着ていくドレスを仕立ててもらったんだよ」
淡々と話す鴎外に、魅月はただただ眉間の皺を深めるばかり。
「同行は構いませんが、これを着てくってことですか?」
「他に誰が着るんだい?」
「…紅葉さん?」
魅月が振り絞った声に、鴎外は口元に手を当てて笑った。
「君に似合うように仕立ててもらったんだ。美容院とか色々と予約はしておいたからね、そこへ預けておくから。ちゃんと行くんだよ」