第6章 湯煙に紛れて/芥川龍之介
あぁ、やってしまった…と魅月は心底後悔した。
今までで、冗談めいたスキンシップで彼をからかい、その反応を楽しんでいた。
さっきもそうするつもりだった。
予想外の彼の言葉に、今度は自分が恥ずかしがることになってしまうとは…と魅月は溜息をつきたくなる。
夕食まで、この水墨画の掛け軸でも見てようか…。
そうこうしているうちに、彼はもう服を全て脱ぎ終わったところで、腰にタオルを巻いていた。
「先に入らせてもらう。身体を洗う故、ゆっくりで構わない」
未だに1枚も脱げていない魅月をちらっと見ると、丁寧に服を畳みながら芥川は言った。
其れが終わると、彼はもう風呂場の戸を開けていた。
彼の強い決意を感じ、魅月もなるべく早めに服を脱ぎ、タオルを体に巻く。
意を決し、戸の前で彼が洗い場から離れるのを待つ。
シャワーの止まる音と、彼が立ち上がって腰にタオルを巻くシルエットが見えた。
ちゃぽん、という湯船に足を入れる音。
それとほぼ同時に、魅月は戸を控えめに開けた。
彼は膝下まで湯に足を入れ、窓の方を向いて湯船の縁に腰掛けていた。
肌は病弱な程白い。長い鍛錬と戦闘の末か、身体に刻まれた数々の傷跡。華奢なように見えて、逞しいと思える筋肉に、つい見とれてしまった。
歳は下でも、立派な男性だということが嫌でもわかった。
そんな湯の入り方を見て、「あぁ彼はもしかしたら、逆上せやすいのかも」とふと思い、なるべく早めに髪や身体を洗い、彼が座る横に肩まで浸かった。
しばらくお互いに何も云わず、ただ目線だけは同じ方向を向いていた。
まだ緑の割合の方が多く、紅が僅かに彩られた山々。山鳥の鳴き声が木霊するように聞こえ、心の底から癒される感覚になる。
今日と明日は仕事のことは忘れ、ポートマフィアの構成員としてでは無く、ただのカップルとしていることにも違和感にも似た嬉しさを感じた。