第6章 湯煙に紛れて/芥川龍之介
芥川は、景色を見ながらあれこれと考えていた。
秋色の山々が美しいとか、鳥が鳴いているなとか…後ろには魅月がいるなとか。
自身の中の理性と本能が、大乱闘を繰り広げているようだった。
秋風が吹き、少しばかり寒さを感じたからか、もしくは大乱闘の末本能が勝利したからか、魅月の横にゆっくりと身体を浸けた。
さっきから全く口を開けない。
羞恥からか、驚きからか、何が原因かは分からないが、とにかく何も言えずにいた。
それでは、いつもの余裕のある感じが台無しでは無いかと、彼女は大きく息をつく。
入れるじゃない、お風呂。
と言おうとした瞬間、彼の頭が自身の左肩にこてんと乗った。
「(!!???)」
声を上げることも、体を動かすことも出来なかった。
そんなことをして、彼が驚いてしまったらどうしようとか、私自身が吃驚したのもあったから。
今までそんな風に甘えてきたことなんて1度もなかったから、嬉しさと驚きで胸がいっぱいになる。
芥川の方は、もう一生分の勇気を使い果たしたような気分だった。
なるべくその雰囲気を出さないよう頑張ってみるが、どうしても肩が上下するほどの呼吸をしてしまう。
一息つく度に、少々とろみのある湯が揺れる。
ちらり、と彼女の方を見てみる。伏せがちなまつ毛がより一層情を煽るように見えて、芥川は高ぶる気持ちを押さえつけた。
ふわふわと上がる湯けむりの狭間に見える彼女の横顔は、実に美しく絵画に残しておきたいくらいだった。
「魅月、さん…」
「なぁに?」
しばしの沈黙の後、芥川は震える声で初めて自分から愛の言葉を口にした。
それに対して彼女は、「ふふ」と上品そうに、また少し恥ずかしそうに笑う。
「私もだよ、龍之介」
─END─