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ポートマフィア短篇集

第6章 湯煙に紛れて/芥川龍之介


温泉街を一通り回り終えたところで、そろそろ旅館に戻ろうと魅月が言った。

あぁ、と短く返事をする芥川。

そんな彼を見て、にんまりと魅月は笑みを浮かべて、彼の白い左手を自身の右手でぎゅっと掴んでみた。

「…!!?」

酷く吃驚したような顔をして、反射的に彼は手を引こうとした。

それを見越してか、彼女の方は割と強い力で握っていたので、芥川はそれ程離れることは出来なかった。

徐々に彼の頬は朱に染っていく。

「そんな吃驚した顔しないでよ。私たち、これでもお付き合いしてるんだよ?」

「お付き合い」の響に、彼は更に顔や耳まで赤くした。

そんな初心っぽいところが、可愛いなあと魅月は一人思いつつ、ぱっと彼の手を離した。

頬を赤らめたまま少し瞠目するような顔をする芥川に、魅月は今度は少し意地悪っぽい顔をする。

芥川の左手を自身の左手で掴みあげた。

そして、彼の細い指に、自身の右手の指を一つ一つ絡めるように、手を繋ぐにしてはゆっくりと時間をかける。

よく見える位置で、手を繋ぐ様子を見せられた芥川は、口を半開きにすることしか出来なかった。

いつもの禍犬はどこへやら。

魅月の色気がこもったスキンシップに心を奪われる唯の少年のよう。

そして、しっかりと手を再び繋いだ彼女は、満足そうな笑みを浮かべる。

「旅館まで、こうして行こうか」

芥川の手を引いて魅月は歩き出し、彼は只々其れに誘惑されるだけであった。


​───────


「景色が良いな」

部屋に入って一言、芥川は言った。

そして、その下部にあるものを見て、眉間に少し皺を寄せた。

こんな感想珍しいなと、魅月は思いつつ彼が見ている窓辺─否、露天風呂に向かう。

「部屋に露天風呂があるなんて、なんて贅沢なんだろう!」

少し興奮気味に魅月は言った。

吃るような返事を彼はしたが、あまり気にしてない様子で、部屋のあちこちを彼女は見て回っていた。

2人で使うには、少し広めな和室だった。お茶や食事をとるような、大きな机と座椅子。机の上に置かれた水仙の絵柄の急須と湯呑み。これもまた、水仙の花が描かれている掛け軸をかけた床の間。

部屋の見物に満足した魅月は、芥川の方を向くと、にっこり笑った。

「龍之介。お風呂、入ろ?」
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