第6章 湯煙に紛れて/芥川龍之介
案の定、芥川の睡眠時間はかなり短かった。
朝の9時頃にヨコハマを出て、箱根に着いたのは10時を回ったくらいだった。
森が、旅館までの車を手配してくれたおかげで、かなりスムーズに旅館まで行くことが出来た。
道中、彼は時折うつらうつらしては、かくんと首が折れ、魅月がからからと笑い、その声で覚醒するということを何度か繰り返していた。
季節は秋。
車窓から若干色付いた山や木が見える度に、魅月は声を上げていた。
眠気がようやく治まったくらいに、車は旅館に到着し、停車した。
着きましたよ、という運転手の声で、魅月はぱっと車から降りると、すうっと深呼吸をした。
「天気がいいなあ、空気も美味しいし、旅行には最適だね」
芥川も車から降りると、眩しそうに目を細めた。
「少々、日差しが強いな…」
「まあまあ。とりあえず、宿泊の手続きしようか」
トランクから荷物を出し、運転手は「明日の17:00頃また来ます」と短く言って去っていった。
魅月は丁寧にお礼を言うと、車を見送った。
二人の間を、まだ暖かな秋風が吹き抜ける。
ちらり、と芥川は彼女を見やる。
満足そうな笑みを浮かべた彼女の横顔を見つめてしまった。