第3章 イノセント/太宰治
太宰は、一呼吸置いてから吐き出すように言った。
「純粋に、夜景が綺麗だなって」
そうなのかあ、と魅月は、ティントリップの赤にに滲んだモア・メンソールをまた銜える。
すぅーっと肺まで流し込み、魂を抜くようにまた吐き出す。
煙なんてほとんど見えず、ビル風に吐き出した煙は連れ去られた。
「夜景なら、もっといいとこあると思うよ。ほら、ランドマークタワーとか」
「見慣れた」
「首領の部屋」
「飽きたし、首領が邪魔」
「っふ…なにそれ」
くっとモア・メンソールを銜えたまま口角を吊り上げた。
だいぶ短くなったそれを、指先で口元から引き抜く。
携帯用灰皿に、ぎゅっと押し付けるとポケットへまた仕舞う。
太宰は、彼女が夜空の下、横浜の上でタバコを吸う姿が異様な程に美しく見えて、抑えるようなため息を一つついた。
ふと思ったことは二つ。
何故彼女は、同僚である「中也君」と呼ぶのだろうか。
自分なんか、苗字で「さん」付け。
明らかに他人行儀すぎやしないか。
埋められない溝を作られたようで、太宰は酷く嫉妬に似た感情を燃え上がらせていた。
もし今ここに彼が居たら、このビルから突き落としてやりたい気分だった。
そしてもう一つ。
嗚呼もし、いつか心中が叶ったら、願わくば来世は彼女の煙草になりたい。
そんな煩悩的なことを頭に浮かべながら、魅月の方へ一歩踏み出した。
それを制するように、彼女が言葉で遮った。
「あたしさ、来世は人間じゃない何かになりたいなあって。太宰さんは、そんなこと考えたことある?」
なんて恐ろしい、と太宰は夜空を仰ぐ。
まるで、頭の中を見透かされているような質問じゃないか。
「来世か…うーん、今はちょっと言えないな」
言葉を濁すも、彼女はさほど興味無さそうに、また「ふーん」と呟いた。
「だけど一体、何に生まれ変わったら生きる価値が見い出せるのかなあ。虫になるとしか思いつかない」
困ったなあと、チェスターコートのポケットから手を出して頭を掻くと、またポケットへ仕舞う。
「今は、生きてる価値を見い出せないのかい?」
太宰の言葉に、魅月はまた自嘲気味に嗤った。
そこでやっと、彼女は太宰に向き直った。
自嘲気味な笑顔を貼り付けたまま、魅月は、
「見い出せない」
と言った。