第9章 男と女、約束の交わし方
そんな彼女の呟きに、銀時は振り返る。
泣いてるのか、と思ってみればいたって変わらず冷たいままだった。
そんな皐月が、ふと自分の目の下あたりを何度か片手で擦った。
何をしているのかと問おうとした時、彼女が少し驚いたような、諦めたような口調で言う。
「……確かに今、寂しいと思ったはずなんだがな。」
もう、涙も出なくなってしまった。
そう言いながら渇いた手を見つめる彼女に、銀時の中の何かが爆発した。
皐月が見つめていた手に、銀時の手が重なって握られる。それを思い切り彼の方へ引かれ、気付けば抱きしめられていた。
「何の冗談だ。よせ、」
「もういねぇよ。お前が守っていた俺なんざ、あの時とうに死んでんだよ。」
そうだったのだろう、と彼女は思う。
目の前の彼は、まるで自分の知っている匂いではなかった。
彼の腕は、こんなに多くのものを抱えられるようなものではなかったはずだ。皐月が知っているのは、彼女を持て余しながらも、不器用にまわされていたものだけだ。
皐月は、銀時を抱きしめ返せなかった。
きっと彼女は、白夜叉であった時の自分が朧に連れていかれたあの日から帰ってこられていないんだと、銀時は思う。抱きしめた彼女の背中は、相変わらず自分より一回りも、二回りも小さい。
だが一つ違う事は、昔の自分では掴めないでいた彼女を、やっと捕まえられた。
「…いいか?皐月。」
力任せに抱きしめていた腕を少し緩め、皐月の耳元に銀時は優しく囁く。
「俺ぁ、今も変わらず甲斐性なしのどうしようもねぇ野郎だ。だがな…てめぇとただ一緒にいたい、って泣きつかれた女の顔忘れる程、男捨てた覚えもねぇ。」
「俺が必ず、お前をそこから引っ張り上げてやらぁ。もうあん時みてぇに、手ぇ掠めていく想いはごめんだ。だから、それまで、」
「てめぇは精々、大人しくお家でその恋愛"万事屋銀ちゃん"で上書きして待ってな。」
そうしてそっと、耳元に口づけを落とした。