第9章 男と女、約束の交わし方
船を移動後、桂の後押しもあって銀時と皐月は二人きり船内を歩いていた。
皐月は、会いたいと思っていた銀時の背中の広さに、言えぬ思いが込み上げる。攘夷戦争の時代に会った時より、背もまた伸びたようだ。さっき聞いた声も、ふざけてはいたが随分と落ち着いたように聞こえた。
だがそんな事は、冷静に考えてみれば当たり前の事だった。
あれから、もう10年。
変わっていた。
銀時は、自分の知らない間に大きく変わっていた。
彼女は自分も変わったつもりでいた。
早くに来た成長期で、背格好はここ10年変わっていないが、強くなったつもりでいた。銀時とは違うやり方で、自分は自分の守るものを守れるように、変わったつもりでいた。しかし、この背中の前では、そんな事すらちっぽけに思えてしまう。今までが意味のないように思える。
…自分だけ、取り残されたように感じる。
変わらないものを、彼から感じ取りたかった。
皐月は思わず、目の前の背中に手を伸ばしていた。
「……いきなり熱烈だな。」
銀時の背中に顔を埋めて、深く呼吸をする。
頬に服の下、彼の逞しい筋肉を感じる。
胴に回した腕が、ギリギリで足りる。
彼女はそれに、目を瞑った。
「……そうか。」
皐月はそっとその背中から離れる。
彼女が知っている彼は、もっと自分より弱かったはずだ。
こんな、広い背中は持っていなかったはずだ。
もっと、頼りなかったはずだった。
だからこそ、彼女は銀時の隣にいることを諦めた。
自分の力が、抱えたもの諸共壊すモノだと知っていたから。
彼を守ってあげるには、手を離すしかなかった。
それしか、知らなかった。
「………僕が愛していた白夜叉は、もういないのか。」
彼女もまた、朧と変わらなかった。
今は亡きモノを追って、地に這いずっていただけだった。