第3章 時代の革命児
「そ、それは母上が義元様への忠誠を誓っているから…」
「馬鹿馬鹿しい。今川はあなたたちを道具としか見てない。無茶な命令を押し付ける圧迫された人生と自分の好きなように自由に生きれる人生、どっちが良いの?」
「それは…」
戸惑う竹千代殿に顔色一つ変えず信長様は言葉を浴びせる。自分と近しい“何か”を感じたからか、はたまた後輩のような女の子を見つけたからかは分からないが、竹千代殿の身を案じてこのようなことを言ってるらしい。
「お言葉ですが、信長殿も信秀殿の一人の娘に過ぎません。そのようなご身分で上から仰る権限はないと思いますが」
今まで傍観していた女性が口を開いた。物怖じせずに信長様に意見を言うなど、相当肝が据わっているようだ。
「信長様はただ竹千代殿の境遇に忠告したまでのこと。事実、今の状況を良く思われていないのでしょう?」
女性が口を開いたのに釣られて俺も会話の輪に入る。
「…確かに、面白くない。だけど義元様には逆らえない。逆らったら松平家が滅ぶから…」
「そう。つまらないのね。ただただ上からの圧力に屈するなんて」
竹千代殿と信長様、自分よりも若い…しかも女性が苦しむ天下がここにある。いつか信長様が仰っていた『誰も苦しまない天下』が今後の日ノ本に必要な材料だろう。
信長様は吐き捨てるのにも似た言葉をぶつけた。
「でも、ここにいる時くらい忘れなさい。ただの竹千代に戻りなさい。いつか私たちが今川を倒すその時までの辛抱よ」
固まっていた信長様の表情が、綻びを見せた。母性溢れる笑顔が竹千代殿を包み込んでいた。
主君同士が鷹狩りや学問について語り合っている。さっきまでのピリピリしていたのは嘘のように二人の間には和やかな空気が流れている。
縁側で笑顔を見せる主君らを眺めながら、従者の我々も親睦を深めていた。
「成程。やはり信長殿は興味深い人だな」
「竹千代殿も魅力溢れる御方だ」
いつの間にか互いの主君の自慢合戦が始まっていた。信長様は優しい、竹千代様は勉強熱心…などと意味の分からない会話を繰り広げていた。
我々の関係が温まったのも一瞬だった。例えば書物、『論語』や『兵法』など、陣形や人海戦術に関するものだったり『万葉集』『源氏物語』など、日本古来の書物を題材に話が弾んだ。