第3章 時代の革命児
同年1547年
尾張の国の熱田に興味深い人物がやって来た。いや、やって来たという表現は正しくないのかもしれない。
どうやら駿河に人質として送られる手筈だったが、義母の父に裏切られ信秀様に送られたようだ。
名は“松平竹千代”
三河の松平広忠の娘だった。その年齢僅か6歳。幼いが既に波乱に満ちた道を歩んでいる。
くるっとクセのある短い茶髪にくりくりした大きい目。子供らしくはしゃぐ姿もどこか品のある雰囲気。信長様とは異なる“英雄”のような感覚を覚える。
それは隣にいる理知的な女性がいるからだろうか。
信長様と俺は竹千代殿が住まう熱田の加藤順盛の屋敷に来ていた。屋敷の一室に信長様と竹千代殿が対面した。互いの背後を守るように信長様の斜め後ろには俺が、竹千代殿の斜め後ろにはその理知的な女性が座った。
永遠とも思える沈黙の時間が続く。信長様はその吸い込まれそうな黒い瞳で、竹千代殿を見つめていた。逆に竹千代殿は目線が定まらず右往左往している。
俺は信長様を横目に見つつ、竹千代殿と後ろの女性を…特に後者を観察していた。
ボサボサした短い黒髪。信長様とは違い、ちょうど良く焼けた素肌。だらしなく襟元がダルダルで胸元がはだけた服。そこから見える大きい胸。やる気が無さそうで覇気が感じられない茶色い瞳。しかし瞳の奥から聡いと思える底無しの何かを感じる。
尾張にはいない形の女性だった。
8月も始まり、春とは違った風が入ってくる。汗腺から滲み出るこれは、少し暑い日ノ本の環境のせいだけではないだろう。からっとした気温に湿っぽい風とは対称的にこの一室だけは氷結したように、時間は動いていなかった。
凝固した時を破ったのは信長様だった。
「三河の松平竹千代、あなたは何故今川に従しているの?」
それは仲良くしようなどという可愛らしい会話ではなく、戦国の時代に生を受けた姫武将の一言だった。
「あなたからは、他の姫武将とは違った“何か”を感じる。己の才を埋もれさせない為にも、少し自分について考えて見直す時間があってもいいと思うの」
諭すように信長様は言った。
確かにこの少女からは妙に惹かれる“何か”がある。信長様とは違った“何か”ではあるが、気になるものだ。