第3章 貴方のヒーローはいるのに 私のヒーローはいない
「…え、」
私がベックさんの肩から降ろされたのは、彼らの船の、ある部屋の前に着いてからだ。私を降ろしたベックさんは扉に向かって「頭、入るぞ」とだけ言うと、ドアノブを握った。シャンクスさんの部屋か、と思っていたがドアが開いた瞬間、濃い血の臭いがした。その臭いの先を辿ると、左腕が無くなっているシャンクスさんがいた。
「……腕が無くなって、どれくらい時間が経ちましたか。」
私がベックさんに連れてこられたのはこのせいか、と瞬時に判断する。そして、私に求められていることを理解する。シャンクスさんとベックさんは私が刻を戻せることを知っている。
「30分、経たねェくらいか?」
「それくらいだろう。」
急いで私を連れてきたからか、それ程時間は経っていないらしい。シャンクスさんの横にいる船医さんが答え、私に尋ねる、
「…還無ちゃん、治せるのかい?」
彼は私の個性を知らない。けれどきっと、この2人も藁にもすがる思いで私を連れてきたのだろう。ベックさんの顔には焦りが見える。
「…無理なら無理で、構わねェからな?還無、」
そういうシャンクスさんの顔は、笑っているがキツイのであろう冷汗が滲んでいる。
「……私は、ヒーローを目指しているんですよ。ヒーローは、人をたすける者です。」
そう、それだけ言うと、私は個性を発動させた。シャンクスさんの腕の刻を、戻すように。
「…やっぱりその眼、いいなァ、」
場違いな言葉を、聴きながら。
□
結果的に言うと、シャンクスさんの腕を取り戻すことはできた。しかしそこに辿り着くまでが大変だった。やはり無くなったものを取り戻すというのはなかなか難しいようだ。目に浮かんだ満月が徐々に新月になったのだろう、ほうっと息を吐く赤い人が居た。そしてもう少しというところで血涙まで流れてしまった。それはもう酷い頭痛と共に。横で船医さんやベックさんが大丈夫かと尋ねてきても返答する余裕すらなかった。シャンクスさんはずっと、私の目を見ているようだった。
そうして気力で腕を治したあと、私はあまりの頭痛に意識を手放した。……意識を失う瞬間、温かい何かに包まれた気がした。
(20191028)