第86章 坂道の先に
呼び出し音の後、数秒の静寂。
<ーあ、はい…もしもし?>
聞き慣れた声が耳に届いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気に弾けた。
『っ!裕介さん!!』
声が震えた。
本部のテントが一瞬静まり返る。
突然走り出した私を心配してついてきてくれていた鳴子くんも目をぱちくりさせている。
<ん?…茉璃!?>
『ほんと…バカじゃないの!?』
<は?え、どうしたショ?>
『小野田くん、裕介さんが去年突然いなくなって、めちゃくちゃ落ち込んで…それでも頑張って、今回も一人でみんなの思いを背負って走ってゴールまで届けて…”今回は直接報告できるんだ”って喜んでたのに!』
自分でも驚くほど、涙と一緒に言葉が溢れ出す。
<小野田とは昨日の夜も峠で会ったし、今日もレース中に声かけた…それで十分ショ>
『じゃあなんでそんなに苦しそうな声してんのよ!』
一瞬、沈黙。
電話の向こうのざわめきの中で、誰かが笑うような声がした。
<だいたいオメーが十分っていってるときは、全然十分じゃねー時だ!>
田所さんの豪快な声だ。
思わず言葉を失って黙り込むと、受話器の向こうで誰かが変わる気配がした。
<金城だ>
低く、落ち着いた声が耳に響く。
<大丈夫だ。…今から戻る>
その一言に肩から力が抜けた。
電話の向こうでまだ裕介さんと田所さんが言い合っている声が聞こえるがきっと大丈夫だろう。
『…っ、お願いします』
そういった途端、張り詰めていた糸がプツリと切れたように全身の力が向けた。