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蝶と蜘蛛

第86章 坂道の先に


「いやー、茉璃さんがあんな怒っとるの初めて見たわ」
「へぇ、茉璃が巻島さんにねぇ」

鳴子くんが笑いながら言い、純太も生暖かい目でこちらをみる。
田所さんもその隣で頷き

「電話越しでも聞こえてたぞ」

と愉快そうに笑った。

「でも、小野田くんのために怒ってる茉璃さん、超格好良かったすわ!」
「い、いやいや!あの時は必死で…」

慌てて言い訳をする私にみんなが笑う。
空気が柔らかくて胸がじんわり温かい。

その時、少し離れたところで裕介さんと話していた小野田くんがこちらに来た。

「富永さん、本当にありがとうございました!」

勢いよく頭を下げる小野田くん。

『ちゃんと"報告"できた?』

そう聞くと嬉しそうな顔で

「はい!」

と答える。
その横で裕介さんがチラリと私を見る。
一瞬だけ目が合って、2人とも気まずそうに視線を逸らした。

沈黙。
周りの皆さんもそんな私たちを見てなんとも気まずそうにしている。
このままじゃ終われない。
私は思い切って声を上げた。

「『あの』」

同時に口を開いてしまい互いに譲り合う。
最終的に言葉を続けたのは裕介さんだった。

「ちょっと向こうで話せるか?」

こくりと頷くと裕介さんと横並びになって歩く。
少し離れたところに着くと、私は裕介さんに向かって深々と頭を下げた。

『あの、その…ごめんなさい』
「なんで茉璃が謝るんショ」
『いや、だって…バカとか色々…』
「お陰でこうして戻って来れたんだ。…戻ってきて良かったショ。ありがとうな」

その言葉に胸がギュッと熱くなった。
涙がポロリと溢れた瞬間、裕介さんの手がそっと頭に触れる。
大きくて、温かい手だ。

やがて、田所さんが車の運転席から顔を出し

「おい巻島!そろそろ時間だぞ!!」

と声をかけた。

裕介さんはまだ涙の止まらない私を見つめて少し笑った。

「また秋頃に戻ってくるショ」
『え?』

突然の言葉に呆然とする。

「だからそれまでお利口さんに待ってろよ」

そう私にしか聞こえないように言い残すとヒラヒラと手を振りながら車に乗り込む。
すると、田所さんの「行くぞー!」という大きな声と共に車は夕暮れの会場を勢いよく走って行った。
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