第83章 5月の海
指先で少し海に触れてみるとひんやり冷たい。
静かに寄せては返す波の音に耳をすませると自然と心が落ち着いて行く。
視線を上げると、日差しの向こうに光る海。
その眩しさに目を細めたその時
「あれ?茉璃さん?」
どこか懐かしい、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
振り向くとそこに立っていたのは箱根学園の真波くん。
風に揺れる前髪。柔らかな笑み。
まるでこの江ノ島の風そのものみたいに、軽やかな雰囲気の真波くん。
『久しぶり、真波くん』
「さっき、水族館で坂道くんにも会ったんですよ。偶然ってあるもんですね」
笑いながら手を振る彼に思わすこちらも笑みがこぼれる。
「総北の皆さんはレース帰りですか?」
『うん。レース終わりに息抜きをって、監督が』
「そうだったんですね。…あ、そういえばーーー」
少し首を傾げて真波くんが言った。
「東堂さん、元気ですか?』
その名前に思わず頰が緩む。
『うん。元気だよ、相変わらず。大学入学前から新しい部を作るって張り切ってたからね。おかげで春休みは尽八と部活で潰れたよ』
「茉璃さんも一緒に?」
『うん。なんか”手伝って欲しいことがある”って言われて。まぁ私も志望校一緒だし、今年受験するつもりだからいいんだけどね』
「相変わらず仲良しですね」
『まぁ、腐れ縁…かな』
真波くんが少し首をかしげる。
「腐れ縁、ですか。…腐れ縁と言えば…巻島さんはどうなんですか?お元気ですか?」
『どう言う覚え方してんのよ』
「だって巻島さんが東堂さんのこと腐れ縁って言ってたから」
思わず笑うと真波くんもふわりと笑った。
『うん。まぁ元気だよ、多分』
「多分?」
真波くんはキョトンとした顔で首をかしげる。
『メールの返信はくれるけど、”あぁ”とか”そうか”とかばっかりで、自分のこと全然話してくれないから』
「えー、じゃあ今チャンスですか?新彼氏に立候補しちゃおうかなー」
『コラ。チャンスじゃないわ!そう言う冗談言わないの』
「ははっ、すみません」
真波くんは悪戯っぽく笑い海の方を見た。
潮風がふたりの間を通り抜けて行く。