第82章 踏み出す一歩
沈みかけた陽が斜面を黄金色に照らし、影が2つ、長く伸びていた。
私は小野田くんの隣でペダルを踏む。
舗装路の上でタイヤが軽く唸る感覚が、心地よく響く。
街を抜け山岳エリアに入ると、聞こえるのは鳥の声と風の音だけ。
日常のざわめきが遠くに消え、2人だけの時間が広がっていく。
『小野田くん、少し思い出話をしようか』
「…え?」
『小野田くんにとって裕介さんは、どんな人だった?』
小野田くんはしばらく黙って、ペダルを回しながら考えている。
その間も、私は前を見据え小野田くんの答えを静かに待つ。
「…巻島さんは…すごい人です」
一言一言噛みしめるように、小野田くんは話し始める。
「最初は…少し怖い人かなって思ってたんです…でも、実際に一緒に走ってみたらとても優しい方で…いつも背中を押してくれました。」
小野田くんは裕介さんとの思い出を次々と大事そうに話してくれる。
どの話も懐かしく温かい。
小野田くんの声は震えていたけれど、裕介さんとの思い出がとても大事なものなのだと伝わってくる。
「そんな巻島さんが…僕に総北を頼むって…だから僕…強くならないと…」
その言葉は自分を締め付けているように感じる。
『小野田くん…裕介さんは小野田くんを苦しめたくて託したわけじゃないよ。』
「わかってます…でもっ…!」
小野田くんは俯いて唇を軽く噛みしめた。
『小野田くん、私ね…ちょっと嫉妬してたんだ、小野田くんに』
言葉を出した瞬間、少し照れ臭くなる。
「えっ!?嫉妬!?」
小野田くんは驚いてこちらを見つめた。
私は前方を見据えたまま話を続ける。
『だって裕介さん、一緒に帰ってる時も休みの日のデートでも絶対に1回は小野田くんの話するんだもん』
「巻島さんが…?」
『うん。どんな話か…知りたい?』
「…はい!」
少し微笑みながら前方の坂を見上げる。
『じゃあ、続きは山頂で話そうか』
「え、それってどういう…」
言葉を待たずにギアを上げて加速する。
風の抵抗、坂の斜面…全てが心を研ぎ澄ませてくれる。
「っ!?富永さん!それって、東堂さんの…!」
『ついてきて!小野田くん!』
「はいっ!」
山頂まで残り2km。
私は足を緩めることなく山を駆け上がって行く。
ふと後ろを振り向くと、先ほどまでより明るい表情で小野田くんも必死に追いかけてきていた。
