第82章 踏み出す一歩
放課後。
いつも通りの部活。
けれど部室の空気はどこか寂しい。
練習前のストレッチをしながら、小野田くんがポツリと呟く。
「僕が…頼まれたんだ。総北を…」
その声は小さく、空気に溶けるようだった。
いつもの屈託の無い笑顔はそこになく、見えるのは無理に作った笑顔ばかり。
隠しきれない寂しさが滲んでいた。
ここ数日、小野田くんは落車が増えていた。
練習から戻ってくるたび、どこかに新しい傷を作りその表情はいつも少しだけ重かった。
「気になるか、小野田のこと」
純太が声をかけてくる。
私は小さく頷いた。
『うん。きっと小野田くんは…裕介さんのことで…』
「だろうな。俺も色々と話してみてはいるんだけどな」
純太は短く息を吐き、手に腰を当てた。
どこか遠くを見るような目。
私は少しの沈黙の後、口を開いた。
『…純太。明日、ロードレーサー…持ってきてもいい?』
純太が驚いたように顔を上げる。
「え?」
私は静かに、けれど確かに言葉を続けた。
「小野田くんとーーー峰ヶ山、行ってくる』
その瞬間、吹き抜けた風が、ほんの少しだけ夏の名残を運んできた。