第82章 踏み出す一歩
夏休みが明けた。
蝉の声も遠のき、風の匂いが少しだけ涼しくなった気がする。
昇降口を抜けると、少し傾いた細長い影を、ふわふわと靡く玉虫色の髪の毛を無意識に探してしまう。
でも、そこに裕介さんの姿はもういない。
「ねぇ、別れたんでしょ?あの変な頭の人と茉璃ちゃん」
「なんか問題起こして辞めたんだっけ?」
そんな勝手な憶測が夏休み明け数日後の教室に軽く漂う。
誰も悪気はないのかもしれない。
けれど、その言葉の一つ一つが、胸の奥をざらりと削いでいく。
「茉璃ちゃん♪ねぇ、今日デートしようぜ。今、フリーなんだよな?」
顔を上げると隣のクラスの中山くんが目の前に立っている。
裕介さんと付き合う前も、付き合ってからも何度か同じように誘ってきてた人。
『フリーじゃないよ。別れてない』
一拍おいて返すと、中山くんは眉を顰めた。
「え?だってあの人辞めたんだろ?学校」
『海外の大学に進学しただけ』
「あんな変な人が海外の大学なんて。強がんなくていいって。俺が忘れさせてやるからさ」
そう言って肩を抱かれた瞬間、とてつもない嫌悪感とともに、胸の奥に熱いものが込み上げてきた。
泣きそうになる。
その時ーー
「辞めろ」
低く鋭い声が響く。
そこには純太と青八木くんが立っていた。
純太は中山くんの手を乱暴に払いのけ睨みつける。
すると中山くんは舌打ちをして気まずそうに教室を出て行った。
残された空気が静かに、痛いほど重く沈んだ。
純太はまだ睨みを解かないまま、中山くんをが去った方をじっと見つめていた。
青八木くんはちらりとこちらを見てそっと息を吐く。
『…2人とも、ごめんね。ありがとう』
私がそう言うと純太は眉を顰めたまま問いかけた。
「大丈夫か?」
『うん。』
無理に笑ってみせる。
けれどその笑顔は自分でも少しぎこちないとわかっていた。
『最近、ああいうの…ちょくちょくあるんだ。変な噂が勝手に広まってて』
ポツリと打ち明けると純太は短く息を吐いた。
「ったく、そういう奴ら、ほんと腹立つよな」
青八木くんが静かに頷く。
「茉璃。無理すんな。俺らが助けになるからよ」
その言葉が胸に沁みた。
たった一言なのに、心の奥の空洞に少しだけ温もりが戻る気がした。