第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
部屋から出て襖を閉めると。
すぐそこにある通路の角をコソコソと曲がろうとしていた人影がこちらの物音に反応して立ち止まる。
「気付かれてしまったか…。忍びとして修行が足りないなぁ、俺」
深碧色の装束を纏った人影の正体──佐助はそう独りごちると体ごと俺の方に向き直し、小さく一礼した。
「───お邪魔をしてすみません。盗み聞きをするつもりは決して無かったのですが」
「別に聞かれてやましい事などない」
「そうですか。しかしなんというかとても良い雰囲気でしたね」
「…お前は俺を揶揄いに来たのか」
「あ、刀はお納め下さい。揶揄うなんて滅相もないですよ、命が惜しいので。
少しお話したい事があって探しに来たんです」
「もしや負け犬共の尻尾を掴んだ、と?」
「いえ、残念ながらそれはまだ…。
今回は、以前謙信様から依頼された例の件について───」
本丸にある俺の自室に場所を移し、膝を突き合わせて座った。
雪国で暮らしているので慣れたものだが、まだ真冬ほどの寒さではないものの畳から伝わる底冷えを感じながら、話に耳を傾ける。
「では…改めて。
茅乃さんに関する調査報告です」
懐から出した四ツ折りの紙を広げた佐助は、茅乃の生い立ちから淡々と読み上げていく。
そんな事を調べさせてどうするつもりだと自分でも思うが……
ただ、気になっていた。
いや、
知りたかったのだ。
あの凍てついた瞳の理由を。