第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
───そうして、夜食として運ばれてきた雑炊を目の前にした茅乃は依然として固まったまま、手を付けようとしない。
躊躇しているようだ。
「どうした、食わんのか」
「…本当に頂いていいのでしょうか。夕餉をあんなに残してしまったのに…それに…私は…」
「四の五の言わずに食え」
「でも…」
「これは要望ではない。命令だ」
ここまで言わないと納得しないだろうとあえて権力を振りかざしてみる。
すると観念したのか、おもむろに匙を取り口に運んだ。
「…美味しい…」
「そうか」
「はい。美味しくて温かくて…なんだかほっとします」
瞼を閉じて味を噛みしめる表情は幼子のようで、見ているこちらまで何故か安らいだ気持ちになる。
雑炊から立ち上がる湯気を浴びて青白かった顔に赤みが増していく様子を、胡座の上に頬杖をつきながら眺めていた。
「…ここの人達は皆様優しい方ばかりですね。武田様も、猿飛様も、真田様も…。戸惑ってしまうくらいに」
「まあ連中はただの節介焼きだ」
「気にかけてもらえるというのは嬉しいものです。
優しいのは上杉様も、ですよ?
怖い方なのかと思ってましたけど…印象が変わりました」
「優しいなど一度たりとも言われた経験はないがな」
「では私が最初の一人目ですね。光栄です」
微かに口角を上げて微笑んだかのように見えた────その時。
部屋の外から一瞬、衣擦れの音がして。
気配を察した俺は茅乃にしっかり滋養をつけろと念押しして席を立った。