第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
骨が浮き出た薄っぺらい背中。
うなじの下から右脇腹あたりまで斜めに一直線、袈裟掛けのようにまっすぐ伸びた赤黒い痕がくっきりとついていた。
戦いの中で生き、数多の怪我人を見てきた者なら分かる。これは恐らく……
「この火傷の痕───」
言いかけた時、茅乃はそれを遮るかのように。
「これは以前つまづいて行灯の火で負傷したものです、お気になさらず」
「ほう。つまづいて背中を…か?」
「………」
物理的に考えにくい状況、そしてなにより行灯が原因とは到底思えない痕のつき方。
咄嗟についた嘘だという事は明らかで、閉口した茅乃は気まずそうに寝衣を着直していた。
「…事情はどうであれ私に原因があるんです。見なかった事にして下さい」
理由は聞いてくれるな───そう後ろ姿が語っているようで、深く追求するのはやめにした。
シンと静まり返る室内……
非常に居心地の悪い空気だ。しかしこのまま茅乃を放って退出してはならない気がした。
「酷くうなされていたが、どんな夢を?」
「……。覚えていません…少し疲れていただけです」
「疲労、更には空腹だと安眠もできぬぞ。食事くらいまともに摂ったらどうだ」
「食事はありがたく頂いておりますし、空腹ではございません。
それに私は欲深く食を楽しむ立場ではないと言いつけられていますし」
「俺はそのような台詞を吐いた覚えはないが」
「貴方ではなく、お……」
途中で口を噤み、言葉を一度呑み込むと。
くるりとこちらを振り返り……
「と、とにかく!私は少食なんです!決して空腹を我慢している訳では…」
珍しく語気を強めに反論したかと思いきや。
突如、茅乃の腹から間抜けな音色が流れてきた。
「ん?腹の虫は騒いでいるようだが?」
「あ…これは…その…っ」
相当恥ずかしいのか目線を逸らし、腹を抱え込んで縮こまる。
その様子が可笑しくてふっと笑いをこぼした俺は、女中を呼んで夜食を作るよう指示を出した。